Eq(E.O.U+vq)「音楽を信じるということ」
shibuya slow stream vol.26「rooted hope」で3時間のロングセッションを行ったEq(E.O.U+vq)。初の共演機会となった当日をふりかえる時間は、都市と音楽の関係やコロナ禍における音楽シーンについての話を広げたり深めたりするものに。「良い都市とは何か?」という問いを大切にしているこの取り組みでは、このような会話を大切にしていきたいと考えています。
E.O.U
音楽家、作家。世界中に散らばる音や音楽、記号、大気質、それらの輪郭を手元に集め、唯一無二の感覚で編集し、楽曲やDJ、ライブ、オーディオビジュアルなどを通じて発表している。 2022年には1st Mixtape「estream」をリリース、続いて自身のレーベル「halo」を立ち上げ積極的なリリースを重ねるほか、東京・WWWβでのレジデントパーティー「loopな」やFUJI ROCK FESTIVAL、FRUE、BOILER ROOMへの出演など、国境やジャンルを越えた活動を展開する。 2024年には京都芸術センター主催の明倫茶会で「e野点」という茶会を開催し、環境音楽と茶会の融合を試みる。同年、中国ツアーも敢行し、活動の場をさらに広げている。
IG:eoumuse
vq
ネットカフェや友人の家などを拠点に活動するアーティスト。アニメ『タコピーの原罪』公式リミックス、BALMUNG 2025 S/Sでの音楽制作・モデル出演、GEZAN47+集炎ツアーやPURE RAVE、中国公演、来年1月にはヨーロッパなど国内外で活動。2024年にはシングル「肌」を発表し、Kevin Abstractらから評価を得た。iPhoneを用いた即興的なマシンライブや、観客300人を糸で繋ぐなど実験的な演出も行っている。
IG:voboku
左から、熊井晃史(shibuya good/slow stream ディレクター)、E.O.U、vq、松村ひなた(shibuya slow stream キュレーター)
踏まえないと始まらない
vq:去年からずっと北海道行ったり、名古屋行ったり、いろんなとこに行くけど、どこにもE(E.O.Uのこと)の足跡がある。あ、Eは、もうここに来てるなみたいな。最近、未来の話をしようって言い過ぎてるんですけど、Eはそれ。足の裏で、Eを感じるなみたいな瞬間はめっちゃあるっていう。全部そこから話をスタートしたいっていうか、ただ、めっちゃ嫉妬するし、いろんなことを思う。
熊井:いろんなこと?
vq:たとえば俺はこうしたいとか、俺もこれぐらい頑張りたいとか、もしくは俺はこういう提案がしたいとか、いろんなことを思う。でもそれは、すごいリスペクトと愛の上で成り立ってる。
松村:それでいうと、それと同じようにわたしは、ミヤジさん(slow streamのキュレーターのもう一人、宮﨑岳史のこと)を踏まえないと喋れないっていうのをすごい感じます。
熊井:インスピレーションを与えてくれた人や育ててくれた人をなかったことにしないという。
vq:本当にそう。 今、サンプリングが無限に行われているから、そのサンプリング元に対してのリスペクトから始めないと、オンライン上だとその愛憎の憎の部分だけ伝わっちゃうから。
E.O.U:あ、ね。
vq:だからEqの話だったら、絶対にその愛から始めたいっていう。
all:うん。
いろんな人がいるっていうことが普通に目標
vq:Eは、ずっと「ネオい」ですね。
松村:音楽性が希望でしかない。ネオい。
熊井:ネオい…!?
E.O.U:それで言うと、slow streamのあの場がネオかったです。本当に一番最新で好きな音。だし、性別とか年齢とか、とにかくいろんな人がいてっていう場所が普通に目標っていうか、それがまず念頭にあって、でも、今を肯定することも諦めないっていうか、そういうことをしぶとく向き合うみたいな感じが、やってきたことかなみたいに思うんですけど、それがあった。
vq:坂本龍一さんが、音楽とは?と聞かれた時に、耳を傾ける行為っていうふうに定義してて…。僕たちは音を鳴らしてるだけで、音楽を作ってるのは完全に聴く人。だから、どうやってこう、音楽にしてもらえるかっていうことを意識…する。だから、全ての音が音楽になり得るし、それを音楽にしてるのは僕たちであって、それこそがクリエイティブ。
熊井:slow streamの会場に居てくれた人が、Eqの音楽を音楽たらしめてくれたということ。
vq:そう。
熊井:しかも駅前の広場なので、偶然、通りかかった人も足を止めて耳を傾けてくれたりする。だから、いろんな人がいる状態になる。
vq:それも大きいことだと思います。
熊井:偶然を引き受けるみんなのための広場で、だからこそ、自分自身でいるというか、言い換えれば、演者側がちゃんと自分の好きなことをするということが大事だとも思うんですよね。
E.O.U:バチバチ感じましたし、「分からない、なにこれ?」みたいになるかもしれないけど、その、演者の好きな感じが受け入れられて、ネオい感じでまとまってて、それが今までなかった形。みんなも気持ちよさそうだし、それが前提で話しが始まるみたいな感じも、結構ヤバすぎたんで、その感覚は共有しておきたいです。
音楽を島で喩える
vq:音楽っていう大きな島があって、そこに、みんなに住んでもらいたいんですよ。 僕の正直な気持ちとしては、みんなにその島にずっといて欲しくて。ってなった時に、その島に来てもらうための大きな入り口が必要。でも、出口はすごく遠い方がいい。入口を大きくする作業をする人と出口を遠くする人たちがいて、やっと音楽っていう島が、みんなが居れるようになるっていうふうにめちゃ思ったんです。
熊井:このslow streamも敷居が低くて奥が深いということを原則にしているので、通じるところがあると思います。それに、入口と出口の距離で言うと、自分は教育の仕事が本業ではあるので、その喩え方になるんですけど、図工の時間だと思ったけど気がついたら歌ってて音楽をやってたみたいに、その距離が遠いほうが良いことの必要性を感じていたりもします。今から算数を学びますって言って算数を学んでいる状態って、入口と出口が近い…。
E.O.U:自分も実践者としてなんかそういう気分でやってる部分が重なると思うし、その入り口と出口の話で言うと、そのどっちもあるみたいなのがslow streamにあって、そこが結構ポイントだったなって。
松村:嬉しいです。
E.O.U:僕も企画とかレーベルとかもやってて、人が集まってくる場所にいるので、そうするとなんか、いったん社会つくるみたいな感じになるじゃないですか。
熊井:ああ、いったん社会つくるみたいな感じは確かにあります。だからこそ理想的なものであって欲しいとも願います。
E.O.U:ですよね。
スラングの必要
vq:やっぱりEからフューチャーを感じる。てか、まあ、もっと風下をたどると僕らが共有してるのはハイパーだと思う。
松村:うんうん。
熊井:ハイパー…!?分からないまま聞きます。
vq:めっちゃハイパー的感覚。 それがかなり同時代性っていうか、まあ別々の場所でも、同じ時間や一瞬の風を感じたっていうか…。
E.O.U:ネオいは新しい感覚。ハイパーは越境。
熊井:ん、ん…。
vq:あの X-MENで、みんなが徐々に超能力に目覚めていくみたいな…。世界中でハイパーの風がブワーって吹いて、みんながネオに気づき始めたみたいな。別々の星に散らばってて、それぞれがネオを探してるみたいな。
松村: EOU はそれで言うとネオいんですよ。それは、パイオニアっていう意味でもあると思うから、生み出していないとネオくないから、なんかそこがある人だと演奏で思って…。
熊井:とのことなんですが、本人としてはどうですか?
E.O.U:まああの、歩ける場所はもう大体探索したんで、一応クラブっていう範囲で限定すると、まあ、沖縄から北海道まで、なんか行けるとこまで行ってみたっていうか。わかんないものを探しに行こうみたいな感じで、知らないものを知りたくて、探してたどり着いた。
熊井:わかんないものを探しに行く。知らないものを知りたい。
E.O.U:なんかその…、ランダムでいいっていうか、えっと、うん、そこに行ったらどんな感じになるんだろうみたいな。インプットとアウトプットがあって、その間に自分が立ってるっていう感覚しかないので、それを主体性って言っていいかわかんないんですけど、自分は結局身をもって知ることになるっていうのもわかってるし。
熊井:身をもって知る。
E.O.U:全部なんですけど、あの、その、最近パーティーして男が多かったみたいな感じで、もっと勉強しようって…。
松村:うんうん。
E.O.U:ハイパーで言うと、ちょっと造語なんですけどハイパーナイズって言ってて…。抑圧的な自分の状態を裏返すみたいな、いったん今まで自分が内に持っていたものを外側に出して、自分に対してもさらけ出すみたいな…。
熊井:胃袋が、外から入れた食べ物に触れる場所だから、内だけど外みたいな!?
E.O.U:なんかコロナの給付金でお金をもらって音楽を始めた音楽家がめちゃくちゃ多いんで…。コロナ禍のときの、内省もあるし、すごい人に会いたいっていう欲もめっちゃあるしっていう。
熊井:そうか、そういう時代状況における音楽シーンというものがあったはずだし、そういうときの独特な感覚があったということですよね。ハイパーナイズとかネオいとか、いろいろと追いつかないんですが、ただ、スラングの必要というものの腹落ちが生まれています。そうとしか言いようのないものってやっぱりあって、そうでもしないと守れないものっていうのもあるはずで…。
持たざる側の、持っているもの
松村:今回のslow streamのテーマを、熊井さんが「rooted hope」として話を聞いていったときに、一番最初に浮かんで来たのが ミルさん(篠田ミルさんのこと)とE.O.Uだった。
vq:それでEが僕を誘ってくれて、渋谷でちょっと話そうって。そこでノアの箱舟の話とか、僕にとってすごい大事な話をして、 で、その後にEのWWW(2010年にオープンした渋谷区宇田川町のライブイベントスペース。通称「ダブダブ」)での演奏を見に行って…。
熊井:方舟!?
vq:合言葉じゃない言語化ってつまり寂しさを生む。
熊井:それぞれの違いを際立たせすぎるから?
vq:そう。だからネオとかハイパーとか合言葉とかを用いることで、ある種こう一つの時代を生きているっていうのを共有してる。なんかその感覚はすごい素敵だし、僕たちはこのハイパーみたいな話を共有したがってるし、したがってた。 僕は、その時、多分寂しかった。かなり孤独だったっていうか、自分がやっていることが、どんどんみんなから離れていって、東京からも離れていって、今どこにいるんだろうみたいな。その時にEが抽象的だけど、言葉にしてくれたっていうか、先に行っていてくれた。
熊井:文化におけるコロナのインパクトというものに関して、自分の想像を越えるリアリティに触れている気がしてきました。
vq:僕は、コロナ禍っていうすごい大きなパンデミックがみんなに内省の時間をすごい作って、みんながみんなアーティスト的に創造したし、かなり技術的にも音楽的にも面白い発明がたくさん生まれた。すごい短い期間に、すごいいろんな創造と循環がたくさん生まれた。同時に「ハイパーポップ」っていうものをみんな共有した。なんか、それはヒップホップもエレクトロもバンドも内包した、なんかこれまでなかったもので、僕にとってはエクスペリメンタルだったり実験的ということなんだけど、 でもなんか既存のエクスペリメンタルや実験とは違った要素がたくさんあって、それは子どもの遊び心的な感覚とか、 まあ、これまで当たり前とされてたことをひっくり返すようなことがたくさん行われて…。で、今、そのサウンドがすごいいろんなところに散りばめられてて、薄く伸ばされて広がった感じもあるんですけど。ただ、なんかそのハイパーを経験して、その音楽をどう遊ぶかっていうか、どういうふうに捉えてどうやって遊ぶかみたいなことをすごい教えてもらった時間があって。だから、ここが楽園だと思ってたり、音楽でずっと表現し続けられると思ってたけど、そういうわけではない。コロナ禍に音楽を始めた子たちは、進学とか就職とか、いろんな生活的ななにかとぶつかる瞬間があって、クリエイティブを続けていくためには、ライフワークとライスワークが存在するっていう。だから、もうすぐなくなるかもしれない、音楽のその島が。その時に箱舟を作んなきゃいけないみたいな。
E.O.U:俺らが話してる「みんなの」みたいなのが、コロナ禍に音楽を始めた、聞き始めた人たちの何かの連なりであるっていうのが大事。
熊井:ああ、コロナという未曾有の状態におけるクリエイティブなサバイバルというものがそこにあったということのリアリティがやっと少し分かってきた気がしました。ある意味で言うと、青春時代において、人と会いたい集まりたいみたいなことにブレーキがかかったことへのフラストレーションと希望というか…。
vq:ベッドルームミュージック(自宅の寝室や自室などのプライベートな空間で制作や発信される音楽の総称。コロナ禍において、ライブハウスやクラブが営業の見通しがつかないなかで、多くの音楽がそこから生み出された)がめちゃくちゃ流行ったときに、僕にベッドルームがないみたいなコンプレックスがありました。いや無理っしょみたいな。 なんか東京じゃ無理っしょみたいな。
熊井:ネットカフェや友人の家などが拠点だったんですもんね。
音楽の進化に対して空間はかなり遅いから
vq:音楽の進化に対して空間はかなり遅いっていうか、なんかインフラ的なものがすごく遅れてて、なんかテクスチャーとか音楽のサウンド自体もすごい目まぐるしい勢いで変化し続けてるのに、建物自体はいつまでも変わらない。まあ変えるにしてもすごいコストがかかる。空間がすごい強制力を持って役割を決めているみたいなことがあって、たとえばカフェテリアっていう空間だからこそ音楽がBGMに化するみたいなところがあるんですが、slow streamは、音楽に対する役割をかなり曖昧にしてた。それがめっちゃ良かったなってすごい思う。
松村:聞き入っている人もいれば、ご飯を食べたり、本を読んだり、お話をしたりと過ごし方がまちまちでしたよね。遊んでいる子どもたちもいたし。
vq:空間の提案こそが音楽の提案とも思います。
熊井:音楽のあるべき姿が、社会のあるべき姿とつながって、それが、空間的に現れる。そういう気持ちは確かにあります。空間と芸術という話題で言うと、ジャクソン・ポロックのアクションペインティング(絵の具を飛び散らせたり垂らしたり制作技法)のことを調べていたときに、やっぱりアメリカのアトリエが広くって、そりゃあ、筆を思いっきり振れるよなって思ったんですね。だから確かに空間がアウトプットをベクトル付けることって、やっぱりあるはずですよね。
vq:あると思います。海外に比べて日本のリバーブ感とかディレイ感って、かなり極端。海外のものの、ホール感とかリバーブ感のリアル味っていうか、真実から出てくる感じはある。出してる。 まあ、僕が斜に構えてるだけなのかもしれないけど…。
E.O.U:わかりました。 それは、めっちゃある。バチバチわかるっすね。なんか、日本の場合、 仮想の空間っていうのがすごいあると思うんですね。それぞれがイメージした空間感みたいなのを表現しようっていうのをすごい感じるっていうか。UKとかヨーロッパはまず空間があって、そこから自ずから音が立ち上がって参加してみたいなことを感じるんですけど、日本には文化バイブスみたいな文脈があって、それがみんなにインストールされてて、そこから仮想の空間を作ろうとする感じがあるし、それを自分にも感じる。
熊井:UKやヨーロッパはリアルな場から音楽が立ち上がっている。
E.O.U:鳴らす場所がやっぱあってっていう感じがします。
音楽の立ち上がり方から考える
熊井:ミュージシャンとして、場があることについては、羨ましいと感じますか?
E.O.U:コロナ禍で、シンプルに自分たちの場所がなくなって、外でやってるっていうのがあるんで、羨ましいですね。場所があるのは、羨ましいですね。
vq:いやあ、本当に。海外のアーティストがすごい美しいところでたくさん演奏してるのを見ると…。教会でも、土日のミサの後とかに音楽をやっているし、それがもうカルチャーとして存在していて、そういう空間のリバーブ感で音楽を鳴らすっていう…。自然に対しても音楽的なアプローチがあるし…。あとドイツのベルクハイン(ベルリンにある、元発電所を改築したクラブ。2004年に開業し、厳しい入場制限で国際的に知られている。ドイツ政府から「文化的に価値のある重要な施設」として優遇税制が認められている)が国に認められているのも、そうですね、まあ、羨ましいですね。でも、いやまあ、羨ましさっていうのは人間を突き動かすエネルギーだし、夢が作り出すそのエネルギーみたいなものにすごい興味があるし、それだけがやっぱり生命力。自分にとってはそう思いますね。 ボーカロイドとかもそういう意味ではすごい背負ってんなと思います。
熊井:日本の欲望や渇望を?
vq:はい。かなり背負ってます。
E.O.U:言っちゃったぜ。
vq:言っちゃった。
熊井:んー、音楽と都市のベニューとの幸せな関係がどのようなものなのかということは、結構考えないといけないテーマなような気もしています。それでいうと、音楽の空間的な提案というのか、空間としての音楽というのか…、印象的だったのが、vqがInstagramで紹介していたslow streamでのパフォーマンスのためにつくったというシステムだったんですけども。
vq:あれはEに触発もされて出演の前日につくったんですけど、写真が音楽になったらいいのにって。写真には、それぐらいなんか音楽的要素がたくさんあるなと思ってて。それをどうするかって方法をいろいろ考えたんですけど、僕がたどり着いたのは、アスキーアート(キーボードで入力できる文字や記号を組み合わせて描かれた絵や図形のこと)。写真を一回アスキーアートに変換して、そのパターンで音の鳴り方を変えるっていうのが僕の答えだった。自分のことをアーティストじゃないと思っている人たちも音楽を作るツール。
松村:自分で開発したツールを、こうやって他者にも無料で使っていいよってやっているところがすごいvqぽいところだと思う。この簡単に誰でも音楽になるっていう仕組みをつくるということは、みんなと音楽をやりたいという気持ちがあるっていうこと?
vq:もちろん、ある。なんかみんなで、思い出の写真を撮って、それを、なんかこれ一回なんか音にしてみない? みたいなノリで、記念の度に音楽が作られていくみたいな。で、かなりいい音じゃね? みたいな、後々気づくみたいな。なんかそういう連続がなんかあったらいいなってのはめっちゃ思います。
熊井:場や暮らしから音楽が生まれるように、逆流として、音楽から場や暮らしを生むみたいなことは確かにあるんだなと思い直す気持ちになってきました。そういう意志における音楽の立ち上がり方があるというか…。
松村:liveの当日も使ったの?
vq:もちろん、もちろん。まだバグはあったんですけど、写真を撮って、鳴らしていました。
都市の文化の根を意識する
vq:街と音楽って必ず連動しているから、slow streamがそれだけで完結するのももったいないなってめっちゃ思います。ファッションも渋谷系、原宿系があるように、音楽も下北っぽいとか、渋谷ぽいとか、もしくは北海道ぽいとか、いろいろとあるんで。slow streamと街との連動が起きたら、それがカルチャーになって根づいたり、こう種がまかれるみたいな。その可能性はすごい感じます。イベント本番の独立した2日間っていうのもまず連動だと思いますし、僕らの3時間の演奏もある種の連動なんですけど、そこでの共振が起きて、例えばWWWに流れる導線が出来たり、そういう街としてのカルチャーになっていくイメージはつきます。
熊井:そうあるべきですよね。イルリメさんが出演してくれたときに、WWWの方がチラシを現場で配ってくれて、すごい嬉しかったのは覚えています。誰かがそういう動きをしていかないと、都市が都市である意味を失ってしまうとすら思います。連動ということでいうと、自分と松村さんが渋谷パルコ9階になる10代向けのスクールGAKUで働いていることもあるんで、街や世代の連動性というものはかなり意識しているところだし、自分たちだからできることがあるという自負もあります。ちなみに、もう一人のキュレーターのミヤジくんは、渋谷川のほとりの子ども園のスタッフでもあるんで、みんなそれぞれの立場や興味関心を持ち寄って、そういう共振の確率を高めていきたいという気持ちもあります。
E.O.U:このslow streamが、いろんなフリーランスの集まりで出来ているって聞いて、仕事については、あんまりわかんないんですけど、なんかもう完全に最先端の仕事の形じゃね? と思った。
熊井:ありがとうございます。仕事の成り立ちの実験をしたいという気持ちもあるし、これが本来の形なんじゃないかとも思うときがあります。
松村:連動でいうと、わたしとかミヤジさんがもっとバンバンイベントを打ったりとかしてたら、そういう動きに多分なるんだけど、なんかそういう人たちでもないから、小さな奇跡が数年後に生まれていたらいいとか、そういう観点でキュレーションをしているところがあります。だから、すごいスロー。
vq:いや、でも、今、どんどん加速が求められているけど、そういうものはスローの方が良いと思う。そうじゃないと出来ないことや受けとめられないことってたくさんあって…。その存在があるから、今、みんなが音楽をやれてる。そういうのってたくさんあって、たとえば僕の中では東京の「FOREST LIMIT」(2010年にオープンした渋谷区幡ヶ谷のインディペンデントスペース)って箱だったり、愛知でいうと「ひかりのラウンジ」(2010年にオープンにした愛知県岡崎市のインディペンデントスペース、現在は閉業)っていうやばい箱があって、そういうアンダーグラウンドって言われる音楽がどれだけ今のメジャー音楽に影響を与えてるか。こうなんか縁の下の力持ちとして、どれだけ音楽を支えてきたか。 お金にならないようなことを執念で…。FOREST LIMITだと、「K/A/T/O MASSACRE」っていうもう10年近く毎週水曜日一回も休まずにやってて、全然赤字の日もあるし、生活もできずに、派遣バイトとかやって…。で、毎日違うイベントに行って、誰か新しい人見つけて…。で、550回記念の時にAIにイベントを作らせようとしたらしくて作れなかったって。 理由はネット上に記述がないから。で、「僕が記述するしかない」ってなって、今も書き続けてる。その人がどれだけ今の東京の音楽を作ったか。その功績に比べてあまりにもリターンが少なすぎる。
熊井:そうですよね。それ的な話っておそらくいっぱいあって…。なんか不在なのに今日もやたらと存在を感じるもう一人のキュレーターミヤジくんの言葉を以前のインタビューから抜いておきますね。同じ議論になっていくと思います。曰く、「たとえば世界的な文学賞をとった人がいるとするじゃないですか。それが、その人が子どもの頃の学校の国語授業の先生がすごい良かったり、地域の図書館の司書さんもがんばっていたりとか、なんだかんだ、そういうことの積み重ねだったりしたとして。そういう仕組みというか体系のようなものをメンテナンスしている人たちには賞は与えられないじゃないですか」ということでした。
魔法をかけたくなる場でありたいという願い
E.O.U:耳に入ってくるものを音楽にできるかが自分のテーマなので、もうそうでしかないっていうか。
熊井:ああ、あの3時間の演奏は、そういうことだったんですよね。その時の感覚全てが音に変換されていくっていう。
E.O.U:あ、準備してきたのもはあるんですけど、うん、そのときの自分を通過する感覚を…、そうですね。そう思いますし、なんか鼻と耳ってずっと開いてて、記憶を司ってるなってすごい思う。好きな人の香水の匂いがして思い出すこととか、音楽を聞いた時に一瞬で記憶がグッって持ってかれる感じとか…、それがなんかテーマっていうか。
熊井:目は閉じられるけど…。
E.O.U:はい。鼻と耳は常時開いてるからずっと入力があるから、耳をクリエイティブに使うとか、鼻をクリエイティブに使うとかが、もうちょっとなんか知りたいことで、自分が知りたいことでもあるし、人に対しても期待してる部分でもある。 まあ、耳に正直じゃない人が多いなとも思います。
熊井:耳に正直じゃないとは?
E.O.U:なんか自分の中で言うと、高域が出てて耳が痛いっていう表現がありますけど、そういう音を鳴らす時の態度っていうか、不可逆なものを傷つけるみたいな話なんで。
熊井:ああ、音を扱うものとしての倫理観。
E.O.U:なんかまあ音の暴力みたいに感じる時がすごい多いんで。
熊井:それってたとえば、渋谷でいうと若者が長いこと居着かないように、高周波の音を出してる場所があるという話も思い出すんですけども、そういったことも一つの音の暴力として捉えてるということですか?
E.O.U:そうですね。でも、自分はノイズ的な音楽がほんと好きなんで、そういうモスキートーンみたいな高周波の音も良い感じに鳴らすことで逆張りをしているし、だから、それを扱うものとしての態度っていうか、人の耳を傷つけるかもしれないっていう態度はもうちょっとあった方がいいんじゃないかっていうのがある。
熊井:ああ、PCや機材のボタンを押せば音は出る。のだけど、音を出すという行為そのものは簡単かもしれないし、みんなもどんどんやって欲しいとは願うものの、そうイージーな話ではないっていうことですよね。
E.O.U:ああ、そうですね。
熊井:同じノイズのような音だとしても、それを快と不快に振り分けているものは何なんだっていうことを考えると不思議ですよね。
E.O.U:そうなんですよね。DJって普通に既に世にある音楽を流してますけど、状況とか空間とかタイミングで、なんか魔法かけたみたいにまあなるんですね。それをかけるのがDJとしてやることなんですけど、そこが大事なのかなって思うんです。その…、届けたいって思うことなのかなみたいな。
熊井:魔法をかけたみたいになることってなんか体感としては分かるんですよね。あえてその言葉をひっぱるんですが、魔法をかける側として、ここに魔法をかけて良いんだろうかという悩みってありますか?slow steramを主宰している立場からすると、ミュージシャンが魔法をかけたくなる場でありたいとは思うんです。
E.O.U:ワクワクしたらもうやりたいで、それに従ってやってきましたけど、 DJに関して言うとブッキングされて出るっていう形なんで、自分で主宰しない限りは、他人が用意した空間に魔法をインストールするみたいになりますよね。多くの人に音楽を共有したいって思ってるんで、選ばずにやってきたんですけど、そのバランスは悩むというか矛盾を感じています。
熊井:ここに魔法をインストールしていいのかなみたいな立ち止まりもあるにはあるってことなんですか。
E.O.U:もちろんですね。ワクワクしなかったら魔法かけれないんで、本当に自分が自らワクワクするのが頼りでしかないし。
ホームではないが居心地が良いという感覚
E.O.U:なんか渋谷に助けられた。
熊井:ん…。
E.O.U:個人的な話でいうと、渋谷は夜しか来ないし、自分は他県から来てるんで、こう、サバイブして、しゃかりき動くぞみたいな感じになるんで、そーゆう今までの向き合い方が、なんか転換したっていうか。自分の夜の音楽が昼のみんなの時間に溶けてったのがすごい。結果、渋谷なんか好きになって…。いやまじ嫌いだったんですけど。
熊井:それは、あの場にホームグランド感を感じられたということですか?
E.O.U:いや、所有感が全くない感じで、そういう気持ちで居れたっていう感じがすごいあって。
熊井:ああ、えっと、自分の場所ではないんだけど、自分で居られる。
E.O.U:そうですね。WWWでレジデントとかしてたんで、その時間はある意味、自分の島みたいになるわけで。
熊井:レジデントって、resident(住人)ですもんね。
松村:そうですね。
E.O.U:で、なんか好きな人たちがみんないるし、偶然性みたいなものの重なりがやばかったっていうか、なんか初めてすぎて。ちょっとくらっちゃいました。
熊井:好きな人?偶然性?
E.O.U:食品まつりさんもそうですし、自分の仮想師匠に会えちゃって…。
熊井:仮想師匠?
E.O.U:XTALさんっていう方にずっと会いたかったんで、会えちゃってなんか結構マジでもうなんかエモすぎて…。
熊井:いろんな事が勝手に起こっている場が理想なんで、とても嬉しいです。偶然性というのは、たまたま訪れてくれた人たち?
E.O.U:はい、そういう偶然全部。
信じるための批評性の持ち方
vq:最近なんかふとした瞬間に、なんで俺これでお金もらえてるの?みたいな。iPhoneで音を出して遊んでるだけなのに。いつもやってる遊びやってるだけだ、みたいな。
松村:でも、遊びがvqのテーマだと思う。
vq:はい、いや、本当に、それは、本当にそう。
松村:それをやろう、実践しようというところが、私はネオいと思う。
vq:言っちゃうと、カウンター魂っていうか。
熊井:カウンターとしての遊び。
vq:きっちりやることだけが音楽じゃないっていうか、むしろエラーや事故を音楽が愛していた時代だってあって、かつてみんながジャズをライブって言っていたように、そこにアトランティスを見たみたいな感じ。フリージャズもパンクも、ジョン・ケージもエクスペリメンタルのダイナミズムっていうものがあって、その延長線上で今、音楽をやるとどういう事になるのかっていうことをやっているから、僕はクラシカルだし相対的だし、結構、嫌な奴。
松村:それは、嫌な奴なの?
vq:なんかまあ同時に結構信じてる、なんかもう、信じてる。
熊井:信じているというのは何を?
vq:めっちゃ音楽を信じてる。知り合いで、音楽にもう自由はないみたいなことをずっと言っている人もいるんですけど、僕はまだ信じている側にいます。
熊井:両手をあげて好きになるっていうのは盲信と紙一重なんで、その嫌な奴っていうのは、批評性ということだし、必要だと思うんですが。
松村:そういう二人だから今回来てもらいたかったっていうのがあります。
vq:また寂しさの話をしちゃうんですけど、寂しいから重ねたくて、でも憧れたいっていうのが音楽にあって。憧れっていうのは重ならない距離でもあるんで。その両立はAIだと難しいんで、結局、人は人間を聞きたがっているっていう。
熊井:音楽を信じたい。人間を聞きたい。その気持ちのありようはとても気になります。
ネズミの王様
E.O.U:vqともともとやりたかったし、あと渋谷に接続するためにもvqの力が必要だった。
vq:Eから連絡が来た時、ぶち上がった。嬉しいって。
熊井:渋谷に接続するというのは?
E.O.U:自分は夜だけの蝶。vqはネズミ。自分もネズミのときもあるんですけど。
熊井:わはー。
E.O.U: いや、もう、これマジで言ってます。何のあれもない。えっと、比喩じゃなくて。もっと街を知ってる存在が必要だっていうのがあったんで。
熊井:わはー。
松村:slow streamが「良い都市とは何か?」という問いを大切にしているので、そういう話をE.O.Uとは結構していて…。
熊井:それはキュレーターとミュージシャンの関係として良いものですね。ありがとうございます。
E.O.U:それでvqに電話して。
vq:もうすぐ飛んでいきました。
E.O.U:未知の人になんかを伝えれるかみたいなのなんか大事にしてきた結果、シャバさがあるとか、ギャル男みがあるとか、そういうのを獲得してきたけど、とにかく知らない人に出会いたいっていうことでやっていているんですね。同時に、渋谷の連続性みたいなのも一応担ってるんで、昼にやれて、こう、空になにかを手向けれたって感じなんですけど。
熊井:ものすごい大切なことを言ってくれている確信はあるんですが、同時に全然追いつかない感覚も訪れる話です。部分的な質問になっちゃうんですが、渋谷を担っている感覚はあるんですか?
vq:Eは渋谷をつくってますよ。
熊井:渋谷のWWWでレジデンスやっていたり、ギャル男っぽいっていうことです?
vq:「loopな」(E.O.Uとmelting botが主宰するレジデントパーティー)は、マジ渋谷系ですよ。
E.O.U:もともと渋谷系が好きだし、渋谷で生まれる音楽みたいなものに興味あるし、自分の想像上の渋谷みたいなのと現実との乖離みたいな部分がおもろみでもあるというか。あとは、渋谷の王みたいなのは、なんか結構チェックするっていうか。
熊井:へ?
E.O.U:ネズミ的にはなんかその一番足動いてるやつがやっぱり誰かっていうのが結構大事っていうか。
熊井:ネズミは動くし、そのなかでもネズミの王と呼ぶには相応しいやつは誰かっていうことでもあるし、そして、それが渋谷の王でもあるっていう。
vq:Eは渋谷をつくってます。渋谷のかっこいいをつくってます。
熊井:蝶も、ネズミも、人間が引いた線を越えていくしね。
空や川がもたらしてくれる
熊井:先ほど、昼に演奏をして「空になにかを手向けられた」って言ってましたけど、それはどういうニュアンスなんですか?
E.O.U:青空が青いことが今日もわかって嬉しいなみたいな感じ。いつも夜で室内なんで、暗闇とか知らない天井とか、そういう感じなんで、外だと全然違うっていうか、空気で伝わる音も拡散したり、風で変わったりとか、本当に生き物みたいなんで、 多分その有機性を感じて、祈ってるみたいな感じに感じるんですけど、自分、基本そういうのが大事っていうか、有機性をどうやってもたらせるかっていうか、外にあるものが自分に影響してくるのがすごい嬉しい。たとえば音とか光とか。自分は環境にすごい左右されやすいんで、そういう意味で、渋谷で上を向いたら空で嬉しかった。上を向いたら何も情報なかったみたいな、だから手向けられたみたいな感じですかね。liveやる前は、キャパいなと思ってたんですけど。
熊井:キャパい?
E.O.U:うーん、自分の状態がアンコントローラブルで。
熊井:キャパシティを越えているということ?
E.O.U:そう、居心地悪いなって感じちゃってたんですけど、演奏を3時間やったら、この街の広告とかも結構受け流せる状態になったすね。好きになっちゃったっていうことによって、なんか情報がすごい整理されて車の音とかも気にならなくなって、結構集中できて、歌声が響いたときの聞こえ方も車の音とのフィルタリングがめっちゃうまくいってちゃんと聞けてぶちくらいました、浮さんに(シンガー・ソングライター米山ミサのソロプロジェクト。2日目のトリで出演)。
松村:現場で、風の話もしたよね?
E.O.U:なんか、あそこ15分に1回ぐらい、川に吹く風がめっちゃ流れてくるくないですか?
熊井:この仕事を通して、川が風の通り道だっていうことを体感しています。
E.O.U:やっぱあれだったすよね。あれが、なんかもたらした根源っていうか。めっちゃそれはずっと思ってた。
- 企画執筆
熊井晃史
- 撮影
菊池香帆(インタビュー)、立山大貴(shibuya slow stream)
- ロケーション
とをが
- 校正
丹野暁江、吉田七海統、菊池香帆