image_001
image_002
image_003
image_004
image_005
image_006

赤松佳珠子「創ることも育むことも諦めない」

生み出された後、どう育まれるか。それは、「建ててお終いにしない街づくり」が目指されるように、都市や建築においても必要な視点です。一方で、たとえば開発と運営の部局が異なることが表しているように、その専門性や仕事のあり様は大きく異なります。そして、その違いは可能性に転じることが期待されながらも、壁や隔たりへと変質していくことがあるのも事実です。では、どうすればよいのか。創り手と使い手と担い手が、手を組むことはできるのか。大規模開発として竣工した渋谷ストリーム。そのデザインアーキテクツを務めた建築家の赤松佳珠子さんと、まさにその渋谷ストリームなどの運営を担う(そして、このshibuya good streamを統括する)東急株式会社不動産運用事業部の3名が集い語らいました。

赤松佳珠子
株式会社シーラカンスアンドアソシエイツ 代表取締役
法政大学デザイン工学部 教授

略歴
1990年⽇本⼥⼦⼤学家政学部住居学科卒業後、シーラカンス(のちのC+A、CAt)に加わる。2002年よりパートナー。2013年より法政⼤学デザイン⼯学部准教授、2016年より同教授。現在、CAtパートナー、法政⼤学教授、早稲田大学芸術学校非常勤講師。また、⻑野スクールデザインプロジェクト(NSDプロジェクト)委員⻑、国土交通省・社会資本整備審議会委員を務める。主な作品に、流⼭市⽴おおたかの森⼩中学校(2015年)、⼭元町役場(2019年)、共愛学園前橋国際⼤学5号館(2021年)、⼟⽣公⺠館(2021年)など。渋⾕ストリーム(2019年)のデザインアーキテクツを務める。主な受賞に、2016年⽇本建築学会賞(作品)、⽇本建築家協会賞、第26回村野藤吾賞など。
web:https://c-and-a.co.jp/jp/
IG:coelacanth_and_associates

中央:赤松佳珠子(建築家)、一番右:熊井晃史(shibuya good/slow stream ディレクター)、左から順:武田将史・丹野暁江・吉田七海統(東急株式会社不動産運用事業部 渋谷・沿線価値創造グループ 文化用途担当)

建築家は建物が完成すると関わる立場がなくなる

赤松:建築の職能を活かす機会というのは広がっていっていますけど、そもそもの設計業務って、基本設計、実施設計を経ての現場監理が終わると、もうそこで仕事が終わるので、関わる立場がなくなってくる。

熊井:建物が完成したら、関われなくなる。

赤松:はい。うちの事務所は小学校などの公共のプロジェクトも多くて、とくにそういう公共建築はそうなんですね。 連絡が来るとしても、「ちょっとここがおかしいんですけど」っていうものに限られてくる。

熊井:なかばクレーム。

赤松:まあ、あの、うちがやってる小学校って「オープンスクール」だったりするので、従来の学校とは全然違うんですね。

熊井:ぼくは、本業が教育領域(渋谷ではGAKUという10代向けのスクールの事務局長を務めている)なので、たまに出張授業でそういった学校に行きますけど、ワクワクします。たとえば教室の壁が取り払われていて、その分、空間を柔軟につかっていけるから、学びそのものも柔軟性を帯びていくという…。

赤松:学びって、ひとつの建物に閉じている必要もなくって、学校の敷地全体、地域全体にまで活動が広がっていくことが本来の姿だと思うんですね。それに、ひとりで本を読んだり、何人かでおしゃべりをしたり、大人数で発表をしたり、全校集会という機会があったり、ひとりから数百人単位までのさまざまな出来事が生まれる場所なんです。

all:うん、うん、うん。

赤松:新しい学校をつくるっていうときに、新しい学びの場をつくろうっていうことで、先生方もそうですし、教育委員会、学校施設課などの行政の方々、そして場合によってはその時の保護者や地域の方々など、とても多くの打ち合わせを重ねていくんです。その結果出来上がった校舎は、関係者の皆さんの想いが詰まっている。でも、どんどん担当者って変わっていっちゃうんですよ。

all:ああ…。

赤松:そうなると、新任の校長先生になったときに「こんな学校なんて見たことがない」みたいなことになるんで、ご説明に上がらせてくださいって言うんです。どういう趣旨や経緯でこういう学校になってるのかっていうのを、ちゃんとお話しした方が、わかっていただけるんじゃないかって。こちらは行こうとするんですけど、「いや、忙しいんで」とお断りされてしまうこともあるんです。要するに我々には、もはや、学校に対しての正式な立場がない。なかなかやっぱり、こう、難しいな、悲しいなみたいなことも経験してきているので…。

熊井:建築家としての責任を、なんなら予算根拠無く動こうとしても、果たすことができないというジレンマ。

赤松:一般的にも設計者っていうのは建物が完成したらそこで終わりっていうのが常識ですし、業務外になるから逆に何か連絡するのも失礼だっていうお気遣いをいただいているっていうのもあるんですよね。あとは、過去には、建築家が、色んな制限をかけたりしてきたこともあるんで、連絡をすると自由に使えなくなるかもしれないから、できるだけ連絡せずにおこうっていうのも…。

熊井:制限?

赤松:ここに掲示物は貼らないでくださいとか。

熊井:ああ、学校って掲示文化ありますもんね。ときに建築家の作品主義とは折り合いがつかない。

赤松:そうそう。「ここに貼りたいんですけど、どうでしょう」って連絡があることもあって、わたしは「もう、どんどん貼ってください」って応えていたこともあるんですけど、まあ、掲示物に限らずに、使っていくなかで何かが起こったときに、やっぱり設計者としては「それなら、じゃあ、こういう風にできますよね」ってやっていきたいけど、なかなか噛み合ってないなっていうのが多い感じはしていて…。それはとっても残念だなっていうふうには思っています。

創り手と使い手と担い手を、つなぐ手

熊井:創り手と使い手と担い手が、それぞれの立場からともにより良くしていく。それが実現していきやすい社会にしていきたいです。

赤松:それで言うとヒントになるというか、良かったことがあって…。知り合いの大学の先生が、建築計画論という領域で、長年、学校の調査研究をされている流れのなかで、我々が設計した学校をフィールドにして、現場の先生方と一緒にオープンスペースの使い方をみんなで考えましょうという研究会を始めたら、すごくうまくいったんですよね。

all :なるほど。

赤松:オープンスペースを自由に使ってくださいって急に言われても、学校の先生も忙しいし、何をどうすればよいのかわからないし、だいだい困ってしまうことが多いですよね。

熊井:心構えも含めた補助線が必要っていうことですよね。

赤松:そうそう。建築を学んでいる学生も一緒に行って、現場の先生方と「そういう活動がしたいなら、家具のレイアウトをこうして、こういうコーナーを生み出して」って話し合ったり、一緒に工夫してやってみたりして…。もう、そこから一気に活性化していったっていう。

熊井:それって、学生、現場の先生、建築家にとっても、非常に良い機会ですよね。それがひるがえって、子どもたちや地域に還っていく。

赤松:だから、本当はそういうふうに領域をうまくこう超えて融合していくと、色んな発展があるのになって…。

熊井:そういう研究を、渋谷ストリームなどの挑戦的な商業施設でもして欲しいという気持ちが募ります。

赤松:まずは今日みたいに立場を超えて集う機会が必要なんでしょうね。

all:うん、うん、うん。

カナダ建築センター(CCA)と建築キュレーター・編集者の太田佳代子が共同で制作した短編動画シリーズ「模型は語る」では、渋谷ストリームが取り上げられています。なお、そこでは「この実験的な建築は、都市計画と土木工学との珍しいコラボレーションの結果」とされ「大きな力に屈服しない都市再開発のモデルが、この新しい超高層ビルによって誕生」したと評されています。

家のように、大規模建築を愛せるか

丹野:開発と運営の架け橋が必要だっていう話って、多分、デベロッパーのなかではずっと議論されていることだと思うんですけど、お家だったらそうはならないのになって思うんです。

熊井:お家だったら!?

丹野:建物を慈しむっていうんですか。自分の家は慈しむじゃないですか。とくに自分でオーダーしてつくった家だったらなおさら想い入れがひとしおですよね。たとえばオフィスって、わたしたちが自分の家よりも長くいるかもしれない場所なのに、自分の家のように、慈しんだりはあんまりされないじゃないですか。でも、オフィスだっておなじようにオーダーがあってつくられているんですよね。

熊井:それはやっぱりオーナーシップのあり方というか、みんなのための場所を自分ごとにしていくことの難しさがあるというか、みんなのための場所が、誰のものでもない場所になるというか…。

赤松:そうですね。やっぱり担当の方はどんどん変わっていってしまうので、経緯を知らない状態になるし、人伝に聞いたとしても、最初の想いや熱量というものはやっぱりわからなくなってくる。それに建物も、10年や15年と経つと、メンテナンスをどうするんだっていう方向に意識が傾いていくので…。大きな建物って、全く何にもトラブルもなければ、100パーセント全ての人が全てにおいて満足するっていうのはやっぱりなかなかないんですよね。そうしたときに、何かしらちょっとした不平不満みたいなのが出てきた時に、それがどんどん増幅していっちゃうっていうのがなんかあるのかもなって。

熊井:どうしたって、物理的なモノというものは経年劣化もしていきますしね。そうしたときに、逆に経年優化するものってなんだろう?って考えないといけないはずなんですよね。で、それってきっと、そうやって慈しまれて、手も想いもかけられることの先にしかない。

赤松:最近は少しずつ増えてきていますけど、自分で建物に手を入れたり、ちょっと工夫して、良い方向にもっていこうっていう文化が日本にあんまりないっていうのもあるんですよね。

熊井:アメリカとかだと、結構気軽に、外装や内装も自分でペンキで色を塗り替えたりしますもんね。自分で手を入れていたら、それは愛着も増しますよね。

赤松:うんうん。DIY文化の違いのようなものはあるし、そもそも公共の建物だったり、会社の建物に、DIYなんてとてもじゃないけどそんなことやれませんし、やりませんみたいな感じになっちゃいますよね。

熊井:ですよね。そうしたときに、自分たちで物語というか解釈を、それこそDIY的に紡いで伝承していくということはできるだろうなっていう感触が今、ありまして…。というのも、地元のほうで、障害があるとされている子も遊びやすい公園にしようよっていう所謂「インクルーシブ公園」づくりというものを進めているんですね。それで、たとえば目に見えづらい障害というものへのケアをどうするかっていうときに、どうしても刺激に敏感で、なにかの拍子にぱっと走り出してどこかに行っちゃう状況が生まれるので、それが不安で公園に行けないという声も多くあったんです。で、周りをフェンスで囲ったりするんですが、その景色を見て「子どもが檻に入っているように見えて可愛そうだ」みたいな反応もあって、非常に考えさせられたんですね。同じモノを見ていても、立場が変われば、見え方が全然変わってくる。そのときに、建築を育むということは、そのモノへの解釈を豊かにしていくという行為も含まれるんだなと実感したんです。ですので、今、そのための情報発信や対話の場づくりにも力を入れているという…。

all:うん、うん、うん。

熊井:これって、話を極端にしてしまえば、渋谷ストリームにもあてはまる話で、たとえば今日みたいに雨風の強い日って、2階のフロアって少し吹き込んでくるじゃないですか。それって、建物の中であるにもかかわらず、内に閉じずに街並みとの連続性があることのメリットでもあると思うんですね。それが好きですし、意味があることだと思うんですが、場合によってはそれをメリットとしないという考え方が増幅されることも論理的には有り得るということなんですよね。だからこそ、ちゃんと建物と同時に、コンセプトを運用していきたいっていう。

丹野:しましょう!

赤松:だからやっぱり、繰り返しですけど、今日みたいな機会が必要なんでしょうね。

all:うん、うん、うん。

土地との関係があるということ、あろうとすること

熊井:「建物を慈しむ」っていうことの奥行きには、その土地への眼差しがあると思うんです。前回のslow streamのレポートにも書いたんですが、赤松さんって、渋谷ストリームの敷地にあったBARに、店舗の移動を経てもずっと通ってらしたんですよ。それって、建築家の仕事への向き合い方というか生き方として、自分にとってめちゃくちゃしびれるエピソードなんですね。そのBARはLi-Poと言い、ぼくと赤松さんを引き合わせてくれたのも、そのお店っていう…。Li-Poのオーナーの伊藤さんには感謝が尽きないです。

赤松:そうですよね。実は、建築系の人は結構Li-Poに行ってたんですね。わたしは全然、新参者ですけど、ストリームの敷地にまだあった頃から、ちょこちょこ行くようになって、渋谷でちょっと遅くに飲むっていうと、大体Li-Poに行ってて…。

熊井:再開発前の時からなんですもんね。

赤松:はい。それで、再開発になるっていうのが分かってというか、まあ、我々がやることになって、みんな「もう、だからさ、こういう良いお店があるビルを壊しちゃダメだよね」って、怒ってて。私も、「いやー、本当にねー。せめて、ちゃんと次につなげていかないとダメですよねーっ」て、いいながら、これは、本当にいいものにしなければ!と心から思っていました。

all:わー!

熊井:すごい状況ですが、それでもなお、Li-Poに通うという。

赤松:伊藤さんや友達は分かってくれていたんで…。Li-Poが次の店舗に移転した時には、そこからストリームの敷地が見えるので、定点観測しながら写真を撮らせてもらったり、竣工後は、ストリームの見学案内の際にはみなさんにLi-Poを紹介して、ブリッジから見える店内の伊藤さんに手を振ったり、見学後はLi-Poで飲んだりしてました。

熊井:えー!素敵!酒場のパブ(Pub)が、パブリックハウス(Public House)の略だったというのを思い出すんですが、そういうリアリティのあるエピソードに触れておきたいという気持ちがとてもあります。その土地への想い入れというものも、前提になっているんだなと感じます。

赤松:わたしは池尻小学校出身なので、こどもの頃から代々木や原宿や渋谷とかで過ごしていましたし、一緒にストリームを手がけた小嶋は、渋谷の桜ヶ丘に住んでいてっていう…。 だから二人とも渋谷って、すごい想い入れもあるし、事務所も渋谷なんですよね。だから、渋谷がどうあってきたかっていうのも、これからどうあるべきかっていうのも、すごい考える。

all:おお…。

赤松:それに、今の事務所の前は恵比寿にあって、その前は、渋谷の東だったんですよ。渋谷川沿いの雑居ビルだったんで、毎日、渋谷川に面して、時々ぼーっと見ていたんで。

熊井:渋谷ストリームの開発のなかで渋谷川の再生に取り組まれて、川や暗渠への着目が社会的にも注がれるきっかけになったと思うんですね。逆に言うと、当時は…。

赤松:もう完全に裏。

熊井:ですよね。

赤松:人が行けないところだったんで、「渋谷に、川なんてあったの?」っていう感覚がほとんどだったんじゃないでしょうか。当時の資料を出してみましょうか。

all:はい!

吉田:「隠れた名所だった渋谷川へのリスペクト」って書いてありますね!

赤松:そうです。

all:おお〜。

資料には、数々の印象的なフレーズとスケッチが連なっています。

建築は、夢を膨らましながら同時に実現させることも考えるという曲芸

熊井:常々、建築って本当に曲芸的だなって思うんですね。というのも、そうやって気持ちを込めて理想をちゃんと持つということと、それを実現させるということを同時にやってのけるじゃないですか。それって、もうジレンマでしかないっていうか、ジレンマを力に変える胆力が試され過ぎるというか。だって、夢を広げれば広げるほど、実現性が低くなるけど、一方で、実現性だけを考えたら、夢がなくなるという…。

赤松:そういうことを、原広司さんや伊東豊雄さんといった先人たちから教わってきたんですよね。それに、やっぱり東急さんがすごかった。

all:おお!

赤松:これは、小嶋のスケッチですけど「渋谷でしかできないこととは?」ってありますよね。

all:おおお!

熊井:その問いをどのように解いていったのかっていうところも気になるのですが、そもそも、そのような問いが、建築家とデベロッパーとの協働関係においてワークしたということですか?

赤松:そうです。あの場所ならではのことって色々とあるんですけど、やっぱり渋谷って、東急と西武が牽引してきたっていう側面がありますから、なおさらそのプライドとともにその問いに応えていくということがありますよね。

熊井:渋谷ストリームは、東急東横線の駅舎ホームと線路跡地とその周辺地域を敷地としていますから象徴性が高いですよね。

赤松:だから、記憶の継承というのは、もう絶対重要。

熊井:再開発って、記憶がかき消されることが多いですからね。

赤松:旧駅舎の架橋も、壊したらもう二度と取り返しがつかない。

熊井:壊されそうだったということですか?

赤松:はい。それに、国道の上にあるんで、電車が通ってた時は公共交通だからいいんだけど電車が通らなくなったら、ただのブリッジになるから、もっとコンパクトにしなきゃいけないっていうのが普通なんですね。

熊井:ああ…。

赤松:でも、「これは土木遺産とも言える凄いものなんだから」「絶対にキープしてください」「とにかく絶対壊しちゃダメです」っていう無茶な話をして…。ものすごい東急さんがね、交渉粘ってくれたんです。普通だと、やっぱりできない。

吉田:そのはずです。そう伝え聞いています。

熊井:そういう踏ん張りがあったから、国道246号を横断するデッキが、旧駅舎の構造的にも意匠的にも、その名残を残しているという。

赤松:あと、災害があったときに、この駅の周辺に人が集まれる場所がないっていうことも問題になっていたですよね。だから、広めのスペースを残しておけば、一時避難所にもなるっていう考えもあったんですよね。

熊井:前例はないけど、必然性はあるっていう…。

渋谷ストリームの現場が進行する途中で急逝された小嶋さんのスケッチ。

国道246号の上を横断するデッキを通って帰路に着く。

言われてみると、非常に幅が広いことに気付かされます。

旧駅舎の象徴だった「かまぼこ屋根」が今も継承されている。

あるべき美しい共犯関係

熊井:お話を伺っていると、建築家とデベロッパーの美しい共犯関係があったんだなって思います。共犯という強めの言葉を使いたくなるのは、前例がないことでも、渋谷に、社会に、これが必要なんだ!っていう、実験性と強い信念があるということなんですけども。

赤松:うん。色んな意味で熱量が一緒みたいな、そんな感じはありましたよね。東急さんも東急設計さんも、インフラの都市計画のところでは日建設計さんも、みんなで一緒になって考えて、交渉していってみたいな。旧駅舎の架橋の保存だけでなく、官民連携による水辺の再生のためには、河川敷地占用許可が必要だったり、もうとにかく色んな制度が絡んでくるんで、うちだけではとてもじゃないけどその知識はないわけですよ。なんだけど、「でも、これが大事だ」って、どう成立させるかっていうのを、みなさんがものすごい知恵を絞ってくださって。

熊井:建築設計、土木設計、都市開発といった領域でそれぞれの専門性が集まった「組織設計事務所」としての東急設計さん(東急グループに属する株式会社東急設計コンサルタントのこと。当初は東急グループのインハウス設計事務所だったが、1973年に独立。 東急沿線を主なフィールドとしながら、様々な大型プロジェクトを手がけている)の強みも含めて、それぞれの専門性が活かされていたってことですよね。

赤松:そうですね。線路が地下化された後に、もともと線路があった場所を一緒に東急の人たちと歩いて、並木橋の所とか、せっかくだからこういうの残していきませんかって。高架も柱も全部撤去しちゃったら、ここにそれがあったことがわかんなくなるからって。結局、部分的に残せたんですけど、建築の構造や見た目的にはやっぱりコンクリートで固めてきれいに補強したりと色んな苦労があったんですね。でも、これだけちゃんと残せたっていうのは大きい話だと思います。

熊井:スクラップアンドビルドという言葉もありますが、どうしても大規模開発って、そのスクラップというか、壊すだったり無くすだったりするニュアンスを帯びるわけですが、都市が記憶や思い出の集積であるという、パブリックヒストリー的な意味もあるということを思い知らせてくれる感じがあります。

赤松:スクラップアンドビルドの時代はもう完全に終わっているんですよね。このストリームは、それも含めて色んな意味ですごいプロジェクトだと本当に思うんですよ。東急さんも、設計チームも…。なんかね、三木さん、西澤さん、大竹さんとかね、みなさんに報われて欲しいんですよね。たくさん無理をなさったと思うんですよ。

熊井:記事にどこまで反映できるかどうかは分からないんですが、先ほどから、当時一緒に仕事をした人の名前がポンポンたくさん出てくるじゃないですか。なんかそれもすごいことだなと、しみじみします。色んな壁を一緒に乗り越えてきたからこそ、それがあるというところもあるかと思います。それでいうと、たくさんあると思うんですが、もう少し苦労話をお聞きしたいです。

赤松:超高層なんで、ファサードにも相当苦労して…。

吉田:ストリームのファサード、綺麗ですよね。そして、どこから見ても裏がないんですよね。

all:綺麗です。

赤松:ありがとうございます。あと、東日本大震災の時に、超高層ビルの窓が全く開かない、換気が取れない、電気が止まるから換気扇も回せないってなったんですよね。ストリームが、そうなるのはすごい嫌で、できれば本当はバルコニーもつくりたかったんですけど、さすがに超高層で風がすごくて無理ですって。ただ、一応、ファサードのパネルそのものが、新鮮な空気を取り入れるチャンバー(空調調整を果たす機能)のようになってるんですね。それも、模型をつくってどう見えるかっていうのをたくさん検証して…。その時に、そのパネル部分に雪が溜まって下に落ちてしまったらいけないっていうことで、東急設計さんが相当、ディテールを検討してくれて、実際に雪国で実証検証もしてくれて、もう絶対に雪は落とさせないって。

熊井:うーん、すごい。

shibuya slow streamの開催中に、空と渋谷ストリームのファサードを仰ぐ。

創造性を発揮しあうための土台とそのレガシー

吉田:渋谷ストリームのファサードも好きですし、あの2階のフロアの空間も大好きですし、館内の色んなところに座れたりするスペースがあるのも良いですよね。

赤松:これだけオープンな場をたくさんつくれたのは、東急さんがそれが成り立つ事業収支のスキームを組んでいたっていうのが一番大きいところです。オフィステナント等で事業収益を見込めたから、オープンな場を残しておける。レンタブルって言いますけど、普通のデベロッパーだったら、どれだけ床をたくさん貸し出して儲けを出せるかってなるじゃないですか。

熊井:床を埋めていく方向性になりますよね。床をオープンなまま空けておくとは、普通ならない。

赤松:はい。普通だったら、我々の提案は通ってなかったと思います。

熊井:文化的な価値を担保するためにも、経済的な価値も当然、担保しておくという。あの…、苦労話って本当に尽きないと思うんですが、あの大階段には当初、大きな柱が立つ予定だったというのを知って、あの場でイベントを企画している立場からして、非常に震えたんですね。あそこに柱があったら、かなりやりづらい。きっと、頑張ることには頑張るんでしょうが、やっぱり無い方が良い。そうやって考えると、土木遺産のように「残しておく」という創意工夫もあれば、「無くしておく」というのもあって、やっぱりそれって普通じゃないというか、その裏側で色んな鋭意があったってことは、社会的に認識をしていった方が良いんじゃないですかね。

吉田:これだけ大きな空間を、柱を置かずに他のところで支えるって、すごいことですよね。

赤松:東急設計のエンジニアリングチームが、とても頑張ってくださったんですよね。

吉田:ストリームが竣工した後に、規模は全然違うんですけど、東急設計のチームとプロジェクトをやったことがあるんですね。ストリームをやってたメンバーが多かったんですよ。たとえば、居波さんとか…。

赤松:あー、居波さん!

吉田:プロジェクトを進めていくと、色々とあるじゃないですか。そういうときに、みんな「ストリームのときは、ここまで頑張ったじゃないですか!」って、自分たちを奮い立たせていました。

赤松:居波さんとか、酒井さんとか、遠藤さんとか…。

吉田:そうそうそう。

熊井:もう、同窓会とかしたら良いんじゃないですかね。

吉田:もう他の会社に転職された方もいらっしゃるんですけど…。

熊井:いやでも、Li-Poの伊藤さんも、もともとはパルコで働かれていて、職場は変わってもぼく自身がそうして頂いたみたいに、文化的な地下水脈に貢献し続けているように、良いプロジェクトはやっぱり人が育つっていう社会的な意味として捉えていけば良いんじゃなですかね。勝手なことを言っていますけど…。

丹野:ひらかれた同窓会的な場、つくりたーい。

熊井:やっぱり立場を超えて、より良いものをどうにかつくっていくという営みって大事だと思うんですね。そういう経験が、「あのときは頑張れたからって」って語り草になっているのも、めちゃくちゃ文化的なレガシーじゃないですか。そして、建築家とデベロッパーのより良い関係というものが、赤松さんや小嶋さんのスケッチがストリームの館内に飾られているということに現れていると思うんですよね。それって、建築を学んでいる若者たちにも勇気を与えるものだと感じます。

赤松:東急さんから、これ飾りましょうよって言ってくださったんですよね。

熊井:うーん、やっぱり「この仕事ができてよかった!」という感触のものが積み重なって都市が成り立っていったら、それが良いじゃないですか。それこそが、良い都市だとも思うんですよ。その意味でも、大好きなエピソードです。

渋谷ストリーム2階を、国道246上のデッキから眺める。写真は、かつて河童さんが闊歩した時のもの。

渋谷駅新南口改札を降りてすぐの景色。大階段が客席のようにもなる。

広場と大階段の連続性。遠巻きにミュージシャンの演奏を眺めながら談笑したりご飯を食べたり、かたや演奏に近づいて集中して耳を傾けたり。様々な過ごし方が生まれる環境。

当初の模型には、大階段に大きな柱がはっきりと立っている。

大階段に大きな柱が立っていたら生まれることのない景色、撮れない写真。

渋谷ストリームの館内では、赤松さんや小嶋さんによる建築デザイン検討のためのスケッチが展示されている。

肉筆のスケッチ。大きな建造物がここから始まっていると思うと、感慨深い。

なんのための共犯関係だったのか、それが大事

熊井:共犯関係っていう言葉も出しましたが、当然それは「犯罪」ではなく、ここまでの話を強引にまとめると、建物やその土地を慈しんだり慈しんでもらうための何かだったということですよね。つまり、やっぱりそこにコンセプトやビジョンというものがあったっていうことだと思います。それがあるから協働した、みたいなことがあるはずですよね。「記憶の継承」というのもそうだと思います。そういった類の話でいうと、どういう視座があったんでしょうか。

赤松:色んな講演会とかレクチャーでも言っているんですけど、やっぱり20世紀の建築というのは「大きな矢印」のものだったんですよね。でも21世紀の建築は、「小さな矢印」の集まりであるべきなんですよね。それこそ小学校で考えると、「みんな前を向きなさい」って言って、クラスの40人全員が同じ方向を向いて同じことをやっているんじゃなくて、それぞれがやりたいことをやっても成立するっていうことがあるんですよね。個々の最適な学び方や過ごし方を育む学校建築というものがあるはずじゃないですか。

熊井:教育領域では、まさにそのような議論が活発になってきていますよね。

赤松:そういう議論に建築の側からも応答していく必要がありますし、街だって同じことですよね。佇んでても良いし、おしゃべりをしていても良いし、立ち飲みだってしてて良い。それぞれの過ごし方が包含されているのが、21世紀の場所として良いんじゃないのっていう話で。

丹野:それはまさしく現地で実感しています。

熊井:「小さな矢印」の集まり…。

赤松:哲学者のヴィトゲンシュタインは、「世界は事実の寄せ集めであって、物の寄せ集めではない」って言っているんですね。

熊井:物ではない…。

赤松:はい。あとは、原広司さんという建築家がいて…。

熊井:ぼく好きで、原さんの「集落の教え」を愛読していました(原さんは、梅田スカイビルや京都駅、札幌ドームなどを設計したことで知られていますが、世界中の集落調査がその発想基盤であったと言われている)。

赤松:そうですね。シーラカンスの小嶋は、原さんの弟子なので、わたしは孫弟子みたいな感じなんですけど、その原さんは「ディスクリート・シティ」という本のなかで、「建築は“もの”ではなく“出来事”である」という言説を残しているんですね。

熊井:建物は当然、物理的なオブジェクトではあるのだけども、建築という営みを通して生み出しているものは、そのオブジェクトに留まらず、そこで経験され、生きられる「事実」であったり、生まれる「出来事」であるという…。

赤松:そうしたときに、再開発でありがちな大理石張りの超高級な感じの建物じゃあ、やっぱりだめだよねって。だって、ここに来るのが「クリエイティブワーカー」の人たちなのだとしたら(渋谷ストリームのコンセプトは「人も川も時間も流れる『クリエイティブワーカーの聖地』」とされている)、革靴にスーツっていうよりは、スニーカーに自転車の方が多いじゃないですか。ってなると、仕上げはピカピカに磨き上げられたものよりは、ラフな工業的な感じの方がいいよねって言って、床面もコンクリートのままの直床のようなものだったり、グレーチング(道路や歩道の排水溝の上に被せたりする格子状の金属製の蓋)のようなものを使ったり。そういう即物的なものを提案していたんですけど、果たして東急側が受け入れてくださるだろうかって、最初はドキドキしていました。上層部を説得するのはもしかしたら大変だったかもしれないですけど、みなさん、いいね、いいねって。

熊井:それが、あの場所らしさ、渋谷らしさを体現するものだっていう納得ですよね。別に、再開発っぽく再開発することが目的ではないという。

赤松:あと、建物に入った瞬間、空調がバシッと効いてるみたいなのも絶対違うよねっていう。

熊井:建物の外との連続性があって、外の天候を感じられることの重要性。

赤松:それも、一つのストリート性じゃないですか。

熊井:経験される事実。出来事。それこそが建築だっていう話で思い出したんですが、そして吉田さんも先程言われていましたが、ストリームって今時珍しく、お金を払わなくても座れる場所がたくさんあるんですよね。それで、夜になると大階段が若者で溢れています。アーティストがパフォーマンスをしたりもしています。

赤松:よく東急さんがあたたかく見守ってくださっているなって思っています。

熊井:そうですよね。まさに出来事が集積しています。

赤松:本当は、国道246上のデッキを幅広く残せたので、ちょっとイベントをやったりとか、ベンチを置いたり、植物を置いたりしたかったんですよね。でも、やっぱり国道の上なんで、一切物は置けませんって…。でも、ストリートミュージシャンがライブしたりできたらよいですよね。だから、コンセントを仕込んで置きたかったんだけど、ダメだったんです。でも、やりたかった。

熊井:赤松さん!実は東急さんがその後、さまざまな調整をなされてイベントができるようになってきているんです。

赤松:え!嬉しいです。

親の心、子知らず。子の心、親知らず

吉田:当時のそういった議論や想いがあってのことだと思うんですけど、国道246上のデッキで、地元の利用であるとかベンチを置いたりとか、それにマーケットイベントや音楽イベントも特例許可をもらうことができたんです。当時の資料もたくさん拝見させてもらっていたので…。

赤松:嬉しいです。最初はできなかった。でも、ゆくゆくは、いつか時代が変われば、なんとかなるんじゃないかっていうのは、設計当初の夢でした。

熊井:夢のバトンが回されている状況にぐっときます。この手のエピソードって、エモーショナルに扱いたい気持ちもありつつ、頭のどこかである程度は、どうにか都市開発と運営をブリッジするような仕組みに落とし込めないかなって思っちゃいます。だって、こうやって良い事例がせっかく生まれたんですから、それを膨らましたり、広げたりするのが良いはずですよね。

吉田:やっぱり担当が変わっていくとどうしてもちょっと他人事になっちゃうのはあるんですよね。

熊井:つくるときには当然、想い入れのようなものはあって、その後は、愛着とでもいうような馴染み方はあるんだけども、ちょっと事情が違うんですよね。

吉田:難しいです。やっぱ開発を担った人がしばらく関わり続けたり、すぐ連絡が取れたりとか、そういうことが大切な気がしますよね。

丹野:いや、でも、そういう人はいてくれたんですよ。建技(建築技術部門)の人も結構マネジメントオフィスにちょくちょくいてくれて、建物のことで困ったことがあったらすぐ相談ができたし、246の国道上の活用協議のときにも一緒に取り組んでくれたし…。

吉田:ああ、そうですよね。

丹野:渋谷という街のブランディングってよくうちの会社も言うけど、やっぱり自分たちがつくった建物のブランディングも肝ですよね。その意味でも、開発と運営ってつなげていかないといけないんですけど、結局、わたしたちの努力が足りないんだなと思います。

赤松:いやいや、やっぱりまた繰り返しになっちゃうんですが、こうやって会話する機会があるとね…。

熊井:だって、設計当初の夢だった、国道246上でイベントが開催できるようになっているという、嬉しい共有がなされたのって、今ですもんね。まあ、「便りがないのは良い知らせ」って言ったりもしますけど、とはいえ、なんか、ことわざシリーズでいくと「親の心、子知らず。子の心、親知らず」みたいな状況が常態化するのも、あまり良くない気がします。

丹野:だから、あれですね。ひらかれた同窓会。

all:うん、うん、うん。

赤松:やっぱり、あそこにコンセント仕込んでおきたかったなあ。そうしたらイベントやりやすかったはずですよね。

熊井:ほんとうに悔しそうですね。

吉田:今は、電源をがんばってひっぱってます。

赤松:そうですよね。流石にね、「使っちゃいけない」ってなってるところに、仕込むのが難しかったんですよね。でも、災害時の一時避難所として考えたとしても、電源って重要ですよね。

all:あー…。

節目を活かし、ケーススタディを社会的に積み重ねていく

熊井:赤松さんが、ほんとうに悔しそうにお話をされるのにもぐっとくるんですが、今回のように前例がないことに挑戦して、その前例ができたっていうことは、日本の都市開発においては重要なはずですよね。やっぱりそういった挑戦というものを振り返って、意義づけたり、位置づけたりして、参照されあうようになっていくと良いはずですよね。

丹野:意義づけ、位置づけ…。

熊井:それを社会的にやっていきたいんですよ。で、予算づけって続いていくんです。前例がないっていうことは、社会や会社に位置づけられていなかったってことじゃないですか。だから、それをして、予算づけしていくっていう。そこまでいけたら、色んな挑戦が報われますよね。電源に関わらず、そういったことって、意外とたくさんあるんじゃないですかね。

赤松:そうですね。何度も繰り返しになっちゃうんですけど、やっぱりやっているときってがむしゃらなんで、こうやって振り返ったり、お話する機会があるとね、色んな事が出てきそうですよね。

丹野:ひらかれた同窓会だ!やっぱり。

赤松:ストリームは、竣工したのが2018年。やっぱり、そのあとコロナがあって、どうしてもイベントとかやれなかったんですよね。

武田:あと数年で10周年を迎えるので、節目のタイミングでそういうことを意識した取り組みをするのもありですよね。ここまでのお話も、今の担当として、すごい面白いし引き込まれますし、そういう機会を社内外に広げていきたいです。

all :うん、うん、うん。

熊井:開発の時がそうだったように、渋谷ストリームがどうあるべきか?っていう議論って、ほとんど、渋谷がどうあるべきか?ひいては東京や日本はどうあるべきか?っていうものと同義になっていくと思うんですね。というよりも、同義にしないといけないとも思います。当然、企業体なので経済的な合理性も担保しながらはありますが、それくらいの視点をもった議論を周年という節目では意識していけると良いですよね。

all :うん、うん、うん。

技術や社会の変化を受けとめることができる建物へ

吉田:レンタブルという言葉もでましたが、開発のときって、どれだけレンタブルを高めて収益を生むかっていうことが正義になるんですけど、それもあるっちゃあるんですけど、同時に、未来の選択肢をどこまで広げておけるのかっていう責任が結構あるって思ってて…。

赤松:うん、うん、うん。

吉田:昔は建物も老朽化するから、じゃあ再開発をってなりますけど、今は、建物の耐震技術もだいぶ発達してきましたし、そのスパンがどんどん長くなっていきますし、そうすべきですよね。そうしたときに、未来をどれだけ読めていたかっていうのがやっぱり問われます。だから、都市において、簡単に変えられないものを作る責任のようなものをしっかり果たしていくためには、運営側の知恵も含めて総動員して予見しておく必要があるんですよね。

熊井:技術の革新も早いですもんね。

武田:前の部署では、建物の通信環境をつくるっていうことをしていたんですけど…。

熊井:インターネット環境?

武田:はい。MDF(電話やインターネットなどの通信回線を管理する主配線盤。Main Distributing Frameの略)室というバックヤードの部屋に通信装置を設置することが必要なんですけど、昔のビルほどやっぱりちっちゃくて…。3G、4G、そして5Gって、通信速度がどんどん高速化していくにつれて新たな通信装置も必要で、なんなら未来の6Gとかって対応していくためにはある程度の広さが必要なんですね。

熊井:え、逆にスペースが確保できなかったらどうなるんですか?

武田:たとえば、今、4G があるけど、次に5Gを導入したいってなったときに、新たなサーバーラックが置けなくなって断念しないといけなくなったりします。「MDF室に空きスペースがないから、このビルは4Gしかつながりません。5Gは入りません」って言わないといけなくなる。

熊井:え!?いやでも、通信インフラじゃないですか。いくら立地や建築が良かったとしても、そこが盤石じゃないと、とくにオフィスとかってリーシングに苦労しそうですよね。竣工時に苦労しないにしても、技術革新が訪れる数年後には、対応できなくなる。

武田:そうなんです。だから、そういう場合はMDF室じゃないところでも必死に探すんですよ。電気室とか機械室とか、現地調査を重ねて、ここなら置けるかもって…。バックヤードだから見えにくいですけど、そういう知見も開発時にも取り込んでいけると良いですよね。

熊井:うーん、そういう必要性というか切実さのようなものって、開発時に理解はされているんですか?

武田:開発の際には考えないといけないことが山のようにあるんですが、そういった必要性を説得して回ったりするんですよね。なので、最近は伝わりつつあって、「あんだけ言われたから、MDF室ちゃんとスペース確保しておいたよ」とかって言ってもらえます。

熊井:リアルです。まあでも、みんなで知恵を絞るって、そういうことですもんね。

5時間を超える取材の後半は、渋谷ストリーム内の居酒屋に会場を移動。お店の窓からは、日が暮れていく街並みが見えます。

渋谷ストリームのホールを運営するマグネットスタジオの三井さんと遭遇。三井さんはshibuya slow streamの運営も担ってくださっており重要なメンバーだったのですが、この秋に別のホールへと配属が決まり転勤に。別れを惜しみつつ、赤松さんと邂逅を喜び合いました。

お店の方に撮影頂いた集合写真。

これからのインフラやアセットってなんだろう?

熊井:インターネットというものが水道や電気や道路のような、あって当然なインフラ(生活や生産活動を支える基盤)であるっていうことは、今や常識ですよね。インターネット元年と呼ばれるのが1995年ですから、インフラの仲間入りしたのは比較的最近だったかもしれませんが、だからこそ先程の武田さんのお話は、不動産開発におけるその反映や落とし込みというリアリティを感じられるお話でした。ちょっと、インフラというものを、アセット(資産)や資本という言葉にスライドさせて、あえて大雑把な議論で話を広げちゃうんですけど…。通信インフラが不動産というアセットに必須になったように、デベロッパーにおいてアセットというものの定義を時代に応じて拡張しないといけない時代なわけですよね。そういう話を東急さんとは良く議論をしていたんですが…。

all:はい、はい、はい。

熊井:基本的にはレンタブルという言葉が象徴的なように、「床」と言うような「不動産」というものがデベロッパーにとってのアセットであることには変わりないんですが、その定義を豊かにしていかないといけない。ぼくからすると、渋谷ストリームは、そのアセット観を豊かにしてくれる感じもありましたし、これからもその可能性を発揮して欲しいっていう願いがあるんですね。

all:うん、うん、うん。

熊井:記憶の継承というものが行われたということで、「文化資産」。今回のように赤松さんもそうですし、地元やテナントの方々も含めて色んな人とのつながりを深めようとしてるということで「関係資産」。渋谷川の再生も含めて、なんかあそこはやってくれそうという期待や信頼感を醸成しようとしているということで「心理資産」。ブランド力とも言いますよね。それと、渋谷川の環境美化も含めた「不動産」。そういう感じで、アセットというものを捉えてマネージメントしていくことが、これからの都市において非常に重要だと思うんです。

吉田:エリアマネジメントっていうのは、そういう側面がありますよね。

丹野:そういう気持ちでずっとやってきているんですけど、そういうふうに整理しちゃえば、わかりやすいですよね。そういうこととしてみんなで捉えたら良いんじゃないですかね。

「生きた同盟」と「『人間同士』である状態を創造」すること

熊井:アセットとか言って、一生懸命になって会社っぽい言葉にして議論を起こしているのには、いろいろと理由があって…。ぼくは教育の仕事をしているなかで、都市の教育的な効能っていうものをいつも考えちゃうんですね。学校で教わることももちろんありますが、街が教えてくれることっていうのもやっぱりある。だから街に元気でいてもらわないと困る。

all:うん、うん、うん。

熊井:「生涯学習」というコンセプトを生んで広げた人で、ポール・ラングランという人がいるんですが、その人がすごいことを言っているんです。「教育者が新しい形態の教育の探究において孤立しているということは考えられない。もし、最初から、かれらが、町や家の建設に責任をもつすべての人びと、すなわち、政治・行政当局者・都市計画者・建築家建築者等々と強い、生きた同盟を固めてないとすれば、教育者に成功のチャンスはない」って(ポール・ラングラン、波多野完治訳「生涯学習入門」より)。

赤松:おー。

丹野:それが熊井さんのモチベーションですもんね。

熊井:はい。そのラングランが「生涯学習」について、「われわれが『人間同士』である、あるいは『人間同士』である状態を創造あるいは再創造することを目指すもの」って言っているんです。これ、今言われている生涯学習というもののイメージとは違いますよね。でも、その言葉を生んだラングラン本人はそう言っている。って、なんかスミマセン。取材と言いつつ、このようにして喋りたいことが湧いてきます。

赤松:楽しいです。また、集まりましょうよ。

熊井:はい。やっぱり会って話せば、湧きますね。

all:うん、うん、うん。

熊井:ちなみに、ひとりの人間である赤松さんとして、どういうときに仕事してよかったって感じますか?

赤松:えー、いっぱいあるんですけど、そもそも、事務所も渋谷なんで駅への行き帰りは、ストリームを通るようにしているんですね。コンセントの話のように悔しい気持ちを思い出すときもありますけど、みなさんが楽しそうに過ごされているのを見るのは、本当に幸せです。

all:わー。

熊井:建築家が、竣工後にも人知れず現地に訪れているというのも、ぐっときます。

赤松:そういうものですよ。飲み会とかでも、良くストリームのお店をつかっていますよ。

all:わー。

赤松:あーあと、普通の再開発のビルでは使わないような渋谷ストリームの即物的な溶融亜鉛メッキの仕上げなどを、Google(渋谷ストリームのオフィスフロアの14階から35階の全てがGoogleの一括借り上げとなっている)の内装を手がけた海外の設計チームが気に入って、内装も同じような仕上げにしてくれたんですよね。

熊井:同業同士で、インスピレーションになって響き合った。

赤松:はい。そういうのも嬉しかったですね。あとは、せっかく新しい建築をつくるっていうことなんだから、今までと同じやり方ではない形を模索したいじゃないですか。そういうときに、こちらが提案をしたことに、全部YESって言って欲しいわけではもちろんないんですけど、頭ごなしに否定しないで、ちゃんと向き合って議論していけるチームで仕事ができるのは幸せです。

熊井:逆に、そうじゃないことがあるっていうことであるとも思うんですが、ストリームはそういうチームだったから、建築家として挑戦できたっていうことですかね。

赤松:はい、それはもう。感謝しかないです。

熊井:こりゃ、もう、本当にひらかれた同窓会ですね。あとは、やっぱり建築を学ぶ学生を対象とした建築ツアーとかもよいんじゃないですかね。

武田:いいですね、やりましょう。

all:うんうん。

吉田:うちの会社はなんかあの、特徴的なところでもあるんですけど、建築技術グループっていう建築に特化した部署があるんですね。

熊井:珍しいんですか?

吉田:他のデベロッパーでは、あまりないらしいんですよ。それに、土木や建築を学んだ人が、他のデベロッパーより多い気がして…。それもあって、建築を大切にしようみたいなマインドが結構強い気がするんですね。

熊井:いやもう、ほんと、大切にしていきましょうよ。ですし、建築好きだったり、都市文化好きだったりする人たちの、その「好き」がフルスイングされた仕事をぼくは見たいだけなんですよ!

企画執筆

熊井晃史

撮影

菊池香帆(インタビュー)、立山大貴(shibuya slow stream)、熊井晃史(河童)

ロケーション

圓 弁柄(渋谷ストリーム3階)

校正

武田将史、丹野暁江、吉田七海統、菊池香帆