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渋谷に、ヌシは可能か? vol.1

2024年1月、「渋谷に、ヌシは可能か?」と題して開催したトークイベントは多くのご来場を頂くことが叶い、その影響は月日を経た今でも続いています。「渋谷川のほとりから、その土地に根ざしながらも、この社会全体に『good stream(良い流れ)』を生み出していきたい」とする、このshibuya good streamにおいても深い影響を与え続けています。多くの関係者のご協力により、当日の内容の一部を採録した小冊子の制作が実現し、無料配布をしてきましたが、今後のさらなる活動を目指し、またより良いアーカイブの形を模索するなかで、オンライン上での全文公開に至りました。

「渋谷に、ヌシは可能か?」というフレーズにおいて、「渋谷に」という箇所を他の地名に変えた途端に、このフレーズが持つ意味もそれに応じて揺らぐように感じます。つまり、「ヌシ」について考えるということは、その場所らしさを捉えていくようなものでもあるはずです。一方で、人と場所、人と自然、人と人、そういった関係から集団的に創出される「ヌシ」の話は、私の、そして私たちのあり方を照らし返しているようにも思います。「渋谷に、ヌシは可能か?」という問いがどのような意味を持つのか、そもそもそれが可能なのか。それらの探求はまだ始まったばかりです。今後の展開に、是非ご期待ください。

はじめに

渋谷に、「ヌシ」は可能か? もっと言うと、実のところ、渋谷に、「ヌシ」なるものに棲んでいて欲しい。人知では測り得ない存在を都市で感じたい。もっと言うと、実のところ、それを感じる場所があって欲しい。伝承文学を研究する伊藤龍平氏のヌシ論では、「ヌシの伝承は、自然が人間より優位である場合や、拮抗している場合に生じる」とされているので、今の街並みを見渡してみると望みが薄いような気もする。

でも、それでも、それだからこそ、考えたい。渋谷に、「ヌシ」は可能か?を。「闇への畏れと詩的想像力とを取り戻すこと、それは人間の本能を守ること」であり、「ヌシとの付き合い方を学ぶこと、それは自然との付き合い方を学ぶこと」とする、伊藤氏とともにこの問いについて考えてみたいと思います。

開催概要
「渋谷に、ヌシは可能か?」
日時:2024年1月29日(月)19:00-21:00
会場:渋谷ヒカリエ8階 COURT
話し手:伊藤龍平(國學院大學教授)
聞き手:熊井晃史(shibuya good/slow stream/GAKU/とをが)

伊藤龍平: 1972年、北海道生まれ。2003年、國學院大學大学院修了、博士(文学)。同年、台湾・南台科技大学に赴任。2021年、國學院大學に着任。専門は伝承文学。口承文芸(昔話、伝説、神話、噂話など)を中心に、広く研究活動をしている。動物に関する興味は『ツチノコの民俗学』(2008年)、『江戸幻獣博物誌』(2010年)の頃から抱いていて、近著『ヌシ』(2021年)では、全国のヌシ伝承を通して、人と自然との関係を考えた。その他の著作に、『ネットロア』、『何かが後をついてくる』、『怪談の仕掛け』など。

熊井晃史:shibuya good stream及び、そのコンセプトイベントshibuya slow streamのディレクターを務める。

渋谷川に存在感を感じなかった

伊藤:熊井さんは、渋谷川が今のようになる前ってご存じでしたか?

熊井:暗渠になっていたのと、ヘドロというか臭いがスゴかった記憶があります。

伊藤:私はですね、30年ちょっと前に大学1年生だったんですけども、その頃はもう今と全然違う感じなんですよね。渋谷川っていうものの存在感が非常になかったです。

熊井:街に川があるという雰囲気がなかったんですかね。

伊藤:暗渠だったというのもあるんですけど、明治通りを歩いていても、川との間にビルがあるじゃないですか。だから渋谷川の存在が「そう言われてみれば、なんだか水が流れてたぞ」という感じだったんです。そういえば、「ヒカリエ」の向かいはバス停がありますよね。

熊井:はい。

伊藤:そこに渋谷川が流れてたんですよ。昭和30年くらいの写真を見たらびっくりしますよ、かなりの水量なんですよ。

熊井:へー。

伊藤:それを工事して川のルートを変えて暗渠化したんです。

ヌシとは何か

熊井:そうやって考えていくと、今、この場所でヌシについて話をしていることが不思議な気持ちになってきます。ところで、今回ヌシについて語っていくためにヌシ論の書籍を踏まえつつ、伊藤先生に色々と整理を頂きました。やっぱり「長い間、同じ場所に住み続けている」ことや「からだが大きくなる」ということは、大事なんですか。

伊藤:結構大事ですね。小さいのもいるんですけども、ヌシは、概ねデカいですね。

熊井:へー。伊藤先生は、ヌシの定義と言いますか、整理をしていくために、全国のヌシの伝承を調べていかれたわけですか。

伊藤:そうですね。ヌシの書籍を書くにあたって引用したものが333例あるんですが、実際はその倍以上みてるんですね。

熊井:膨大ですね。

伊藤:同じような話が多くなっちゃうんで、だいぶ省いたんですけども、ヌシじゃなかったとしても、霊的な力を持つ動物はデカいことが多いですね。

熊井:あー。言われてみると、たしかにそのようなイメージがありますね。宮崎駿さんのアニメも浮かびます。ちなみに、ヌシについてだけ研究してる書籍や論文ってなかなかないんですよね。

伊藤:ないですね。いずれ誰かが書くだろうと思っていたし、書いて欲しいなって思ってたんです。でも誰も書かないから自分で書き始めたんです。例えば民俗学の専門の辞典で「日本民俗大辞典」というものがあるんですけども、ヌシっていう項目はないんです。

熊井:結構意外です。

伊藤:意外ですよね。その理由は話し出すと色々と長くなるんで、またの機会にしたいと思いますが。

熊井:是非、深掘りしていきたいです。ところで、ヌシが「死というプロセスを経ていない」っていうところも気になりました。

伊藤:要するに、死んでからヌシになるわけじゃないんですよ。

熊井:ああ。

伊藤:長く生き続けるから、からだが大きくなる。からだが白くなったりするっていうのは、生き続けているから。

熊井:ああ。

「生」の延長線上にある神秘

伊藤:つまり、生物は生き続けているうちに少しずつヌシ化していく「生」の延長線上にある。これはですね、神社とかにある御神木もそうなんですよ。あれだって最初っからデカかったわけじゃなくて、少しずつ大きくなって神秘的な存在になってくる。付喪神ってご存知ですか。古くなった道具の妖怪。妖怪というか神というかというものなんですが、これも使い続けていくうちに、道具が道具ではない別の何かになる。

熊井:別の何か。

伊藤:そう。山姥もそうで、この法則は人間にも当てはまるもので、人間も年を取っていくといずれ人間ではない何かになっていく。要するに年を取っていくっていうことが、時間を超えていくっていうことにつながっていくんですよね。

熊井:当初の存在のあり方から逸脱していくという。

伊藤:はい。そして、ヌシの住処である場所が淀んでるってこれ結構大事なんですね。

熊井:淀み。住処に共通項があるんですね。

伊藤:はい。綺麗なとこにヌシは棲まないんですね。「白河の清きに魚も住みかねて」なんて言いますけど。

熊井:え、どういう意味でしたっけ?

伊藤:水が綺麗すぎてかえって魚も棲みづらいという。

熊井:ああ。

伊藤:その住処である場所から離れない。身体的な特徴がある。尋常ならざるをえない。これね、現代の今でも「何とかのヌシ」って言い方しますよね。学生寮にいるヌシとか、人間のことをヌシって言うことがあるんですよね。

熊井:銭湯とかサウナに行くと、いつも同じ場所にいる人のことヌシって言いますわ。

伊藤:そうですよね。居酒屋でも、いつ行っても居るおじさんが居酒屋のヌシとかって言われる。同じ場所にずっと身を置いている人間がいると空気が淀んだりするわけですが、ヌシの法則に当てはまっているといえますね。

熊井:なるほど。「ヌシに類似した伝承は海外にもあるが、ヌシに相当する語がないケースが多く翻訳困難」ということなんですが、ヌシという言葉のユニークさがあるんですかね。

伊藤:ヌシに近い存在ってのは世界中にあるんですよ。だけど、端的にヌシっていう一文字だけで表現するということは海外ではないかもしれない。私は、台湾の大学に長いこと勤めてたんです。台湾人の同僚とか学生さんに、ヌシって中国語でなんて言うのって聞いたら、ないと。精、妖、怪、神、霊という言葉はあります。例えば、蛇だったら「蛇精」、亀だったら「亀怪」と言うんですが、単体で、精、妖、って言うと意味が大きくなりすぎるんですね。なので、翻訳が難しい。

熊井:面白いです。

伊藤:そうなんですよね。それで、英語堪能な人にも聞いたんですけど、ヌシを英語に訳すとすると「ガーディアンスピリット」というのはどうだと。その場所にいて守っている。ガードしている。でも「スピリット」単体にしちゃうと、精霊という意味だから、大きくなりすぎちゃうんですよね。だから、もしかしたらヌシっていうこの言葉は、日本で特徴的なもんなんじゃないかなっていうふうに思います。

熊井:日本の固有性というものがあるかもしれないと。

湿地帯の話

伊藤:それで、ちょっと次は湿地の話をするんですが。

熊井:湿地。

伊藤:「常陸国(ひたちのくに)風土記」というものがあるんですが、常陸国というのは、今で言えば茨城県ですね。風土記ですから、そこの歴史とかそういったものを記録した本です。もともとは全国でつくられていたんですが、今残っているものはそんなにない。それで、そこに「ヤトノカミ」や「ヤツノカミ」という記載があるんですが、「ヤト」とか「ヤツ」っていうのは、夜の刀って思わせぶりな名前がつけられていますけど、これ湿地帯のことです。

熊井:ほう。

伊藤:なので、「ヤトノカミ」や「ヤツノカミ」というのは湿地帯の神様。現在の茨城県の行方郡霞ヶ浦の付近が舞台なんですが、継体(けいたい)天皇の御代(みよ)とあって、6世紀の後半の話です。箭括麻多智(やはずのまたち)という人が、草原を切り拓いて新しく田んぼを広げていたわけです。そうしたら、「ヤトノカミ」が群れをなしてばーっとやってくる。それは蛇の姿をしているので、ビジュアルを想像するとスゴイことになっているんですが、それが田んぼづくりの邪魔をするんです。そうすると、土地の人はこう説明します。「蛇のことを『ヤトノカミ』と言います。頭に角が生えています」と。それでその姿を見ると、家系が絶えてしまうという不吉なもので、それがこの野原にはたくさん棲んでるんですよということなんです。

熊井:まさにヌシという感じがします。

伊藤:それで、箭括麻多智たちは怒ったんですね。怒るって理不尽だなと思うんですけど、甲冑を身にまとって、鉾を手にして、神様を殺すんです。神様を追い払っちゃう。それで、沼の入り口に杖を立てて宣言するんです。

熊井:おお。

伊藤:「その杖を境に、ここから上は神様の土地である。ここから下は人間の田である。今後私は神職として永久に祀るから、どうか祟らないでもらいたい」と。実に身勝手で、人間のエゴが出てるなと思うんですけれどもね。

熊井:箭括麻多智は、ヒーローと言えばヒーローですけども、ヌシというか「ヤトノカミ」側からみるとヒリヒリしますね。

伊藤:そうなんです。この関係ですよね。ちなみにね、この霞ヶ浦っていうので、現在の霞ヶ浦と全くスケールが違うんですよ。今でいうと千葉県の印旛沼辺りまで一つの水系で、水続きだったんですよね。それをこうやって開拓して、埋め立てたりして、少しずつ少しずつ、現在の関東平野の姿が出てきた。

熊井:日本ってもともと湿地帯ばかりだったって言いますよね。

伊藤:そうです。関東の茨城からの千葉の北部辺りはもう水浸し。今でも、そんな感じはわかりますよね。北海道に行く飛行機で上空を通るときに見ると、本当にもう至るところに水があって山が見えないんです。

熊井:水滸伝(すいこでん)なんかを読んでいても感じるんですが、湿地帯っていうのは人間が非常にコントロールしづらいもので、そのような湿地帯的なものから連想されるイメージってやっぱりあるなと思います。

水は、ヌシがコントロールすべきものだった

伊藤:本来、水っていうのはヌシがコントロールすべきものだったんですよ。国津神と天津神ってご存知ですか。

熊井:え、知らないです。

伊藤:神社に行ったときに何か説明板がありますよね。そこで祀られている神様の名前があるんですが、そこに、国津神とか天津神って書いてあると思うんです。それで国津神というのは、ニニギノミコトが天孫降臨で降りてきたその先の、もともと地上にいた神様のことを言うんです。

熊井:まったく知らなかったです。

伊藤:日本の神様って二つに分かれるんですよ。そして国津神側の名前には、オオクニヌシとかオオモノヌシって、ヌシが入ることが多いんですよね。だから、征服者と被征服者、侵略者と被侵略者の関係が、国津神の天津神の関係で見て取れる。大枠で言えば、ヌシのエピソードはほぼこの関係になるんじゃないかなと思います。

熊井:先住のものと後から訪れたものとの闘いというか、関係のメタファーなんですかね。

伊藤:それもありますし、人と水というのはそういうシビアな関係にあったということが言えるのだと思います。

熊井:やっぱり、ヌシは水に関係してくるものなんですかね。

伊藤:やっぱり水ですね。空気が淀んでるっていうことでは、山の主でも当てはまるし、他にはお城の天守閣にもヌシがいるんですけど。

熊井:え、天守閣にも。「オペラ座の怪人」みたいですね。

伊藤:ええ、まあ、そう。淀んでるということは条件なんですけど、やっぱり水のヌシが多いなって思います。私の感触では、七割八割は水かな。その中で、さらに七割八割を、蛇と龍が占めるなって印象はあります。あと魚だと、鰻、鯉、ナマズ、岩魚、山女。この辺りがヌシ化する。

熊井:面白いですね。ヌシ化するものとそうでないものの線引きにはなにがあるんでしょうね。

伊藤:ヌシになる動物はいろいろと理由をつけられるんですけれども、鯉なんかは龍の前身ですからね。例えば、馬はヌシになりにくいんですが、牛はヌシになるんですよね。そこがちょっとまた面白いところで、それは牛と馬っていうのは、どうやって人間と関わってきたかっていう問題なんですよね。

熊井:あー、関わり方。

伊藤:何のために牛を飼ってたんですかっていうとトラクターですよね。水田を耕作するために牛を飼ってた。だから牛っていうのは水と関係が深いですよね。だからヌシ化する。一方で、馬っていうのは、ヌシの伝承にたくさん出てくるんですが、馬がヌシ化することは滅多になくて、馬はお供物なんです。

熊井:お供物。

伊藤:そう。もともとは生贄にしていたけども、殺していたら大変だということで、馬の人形を代わりにする。とはいえ、馬の人形を作るのも面倒だから、絵馬にする。そういうふうに言われていますよね。

熊井:わっ。なるほど。絵馬ってそういう由来だったんですね。

伊藤:それで、鳥はヌシにならないんですよ。開放的な空間にはヌシがいないんですよ。

熊井:やっぱり淀みが必要なんですね。

一方的にヌシが人間を襲うことはない

熊井:伊藤先生の書籍にもそのような記載があったような記憶がありますが、動物の生態学や行動学のようにしてヌシを見ていくという眼差しがありますよね。

伊藤:ヌシの伝承をいろいろと見ていきますと、ある種の行動パターンが浮かび上がってくるんですね。そのなかで、例えばテリトリーや縄張りを作るというのがやっぱりある。それで、ヌシと人間が衝突する場合は、大体人間の方がその領域を侵犯しているんですよ。

熊井:ああ。

伊藤:例えば、映画がまたヒットしているゴジラの話もそうなんです。人間の側が水爆実験でゴジラの住処を奪ってしまったんですよね。それに対する報復としてゴジラが暴れる。人間が何もしなければ、何も起こらなかったんですよ。さらに、ゴジラの話がヌシの法則にかなってるなと思うのは、水爆実験を直接的に行った人間は一部にも関わらず、報復は東京都民全体や日本全体に行き渡るんです。

熊井:ああ。

伊藤:ヌシの伝承でも、 不心得者(ふこころえもの)がたった一人だとしても、本人も報復されるんだけど、親族、一族郎党も殺される。たった1人の心の不心得者のやった行為の報いが、地域全体に降りかかってくるんですよね。これは、公害問題のことを考えるとわかりやすいと思います。

熊井:だれかの過ちで地域全体が汚染されて、暮らしていけなくなる。

伊藤:そう。だから、共同体の中で、そういうことをしないようにお互いに注意しあっていたというのは言えるかなと思います。

熊井:なるほどです。

伊藤:ヌシって、理由もなく一方的に人間に襲いかかってくるってことはないんですよね。それにヌシが住んでる場所ってのは大体決まってるんですよね。だから、要するに近づかなければいいんですよ。行かなければ済む話なんですよ。そう考えると、ヌシって、基本的には安全な存在なんですよね。

熊井:伊藤先生は、伝承文学や民俗学の研究者でもちろんあるんですが、だんだんムツゴロウさんというか、生物学者のように見えてきました。

詩的想像力が喚起される場所

伊藤:ヌシって、自然のなかに居るものであるって印象があると思うんですけど、実は人間がつくった人工の水域に棲む場合もあるんですよ。私も調べるまではあんまり印象になかったんですけど。

熊井:へー。

伊藤:例えば、江戸時代は一国一城令と言って、一つの国にお城は一つしか許されなかったんですよ。でも戦国時代には、むしろたくさんお城を作ってるから、なかには打ち壊されてしまったものが多くあるんですが、堀は残るんですよ。残った堀っていうのはもう、自然と同化して苔むしていきますよね。そういったところにヌシが生まれる。

熊井:ああ。

伊藤:人工の水域でも、長期間、流れが停滞していれば、ヌシが棲むようになる可能性があるんですよね。

熊井:淀みが大切なんですね。

伊藤:そう。でも、淀んでいても新しい人工の水域にはヌシはどうやら棲みづらいそうで、例えば、プールとかダムがそうですよね。ヌシは居ない。

熊井:あー、なんか不思議と分かる感じがあります。

伊藤:将来的には、ダム湖のようなものには棲む可能性はあるかもしれませんよね。

熊井:えっと、それって、伊藤先生の言葉をお借りするならば、どういう場所において、人間の詩的想像力が喚起されるかという問いに置き換えて受け止めても良いんですかね。

伊藤:そうですね。まさにおっしゃる通りです。やっぱり、人間の手を一度離れてるってことは結構大事なのかなって思います。確かに人間が作ったんだけれども、それが一旦もう人間の手を離れてしまって、自然に還っているというのが必要な条件なのかもしれません。

渋谷にヌシは可能かという問いを立てるために

熊井:今回のトークイベントに向けて、渋谷について改めてリサーチをしてくださっていて、それもちょっと驚きました。

伊藤:こういう機会がなければ、渋谷についてこんなに調べることがありませんからね。渋谷川についても話し出すと長くなるんですよね。田原光泰さんという方が書いた「『春の小川』はなぜ消えたか」という本、私が読んだ渋谷川関係の本で一番詳しい。この田原さんは渋谷のご出身で、白根記念渋谷区郷土博物館の学芸員の方なんですよね。

熊井:郷土史というものの大切さが、最近身にしみます。

伊藤:そうですよね。それで、江戸の内を流れるのが古川で、江戸の外をなぞるような形で流れるのが渋谷川。だから、都市の古川、田舎の渋谷川のような感じだったんですけども、都市化がどんどん進んでいくと両方とも都市河川になっていく。その渋谷川って、それに至るまでにどういう存在だったんだろうっていうところをざっくり見ていくと、もちろんこんな単純なもんじゃないんですけども、一つは鑑賞に利用したっていうところがあるんです。

熊井:へー。

伊藤:大名屋敷とかありますからね、そういう場所の庭園での用途があった。さらには、水の利用としては精米をするための水車小屋。もうね、渋谷の風物詩だったらしいですよ。

熊井:渋谷に水車小屋。

伊藤:そう。今は一つもないですよね。これは個人の家で使うために作るんじゃなくて、もう産業としてやってるんですよね。ただ、電気が普及するにしたがってあっという間になくなってしまった。

熊井:ああ。

伊藤:渋谷というのは名前の通り湿地帯でしたから、田んぼだらけだったんですよ。だから、水を水田や茶畑に利用する。

熊井:お茶。

伊藤:実は水も綺麗だったから、お茶畑も有名だったそうです。ここ最近でも、渋谷のお茶を復活させようというプロジェクトが新聞で紹介されていました。

熊井:へー、知らないことばっかりです。

伊藤:もう今は考えられないんですけども、渋谷の名物はお茶だったんですよ。元々、渋谷川って人間の手によってその形を変えられてきた歴史が長いからですが、その後、排水として利用されていくんです。傍から見ると悲しい感じがするんですが、下水や生活排水が流されるようになって暗渠化していくんです。人間の手が加わるという意味では、遡れば江戸時代からその流れのなかに渋谷川はあるんですが、都市を流れる川の宿命ですよね。だから、この状態の水辺にヌシが居るのかという話になってくるわけです。

逆開発

熊井:渋谷にヌシは可能かという問いを立てることで、そういうことも捉えていけるんだなとグッときます。その問いに関する見解に進む前に少し話題を挟んでしまうのですが、渋谷川における人の水の利用のステップに関するお話を聞いていて、「逆開発」という言葉が頭に浮かぶんですね。これは、私が考えた言葉ではなくって、例えば日本でいうと、千葉の養老渓谷駅の駅前広場は、バスロータリーをつくるために敷き詰めたコンクリートを剥がしてそこを森にしているんですね。それを指して「逆開発」と呼ばれている。日本以外でも、お隣の韓国でも、暗渠化されていた都市河川を改めて元に戻すという動きが活発化しているように思います。なので、ここまでのお話を聞いていて、川が鑑賞、産業、農業、排水という利用のされ方を経てきたのを逆再生するかのように、元に戻していくという開発のあり方も一方であるはずなんだなと。

伊藤:世界的な潮流かもしれませんね。ある程度経済が発展した後に、もう一度戻していくという。容易なことじゃないですけどね。

熊井:そうなんですよね。なんとなくですが、そういった逆開発といったものに賛成か反対かというような議論をしていくよりも、間にヌシというイマジナリーな存在が必要な気がしています。というのも、賛成反対に終始する議論は、人と人との間の会話を絶ってしまうところがあるからです。

治水、利水、親水

伊藤:人と水のあり方って基本的にはこれまで、治水と利水なんですね。治水っていうのは、要するに水が暴れるからそれを力ずくで治めようとするもの。利水は、水を人の暮らしのために利用しようってことですね。だから水車小屋を作ったり、水田に水を引いたりとかっていうのは利水ですよね。治水ってことで言うと実は渋谷川が暴れ川になったのは、近代化が進んでからなんですよ。

熊井:えー。

伊藤:水の流れが変わってしまって、行き場をなくした水が溢れて氾濫していくっていうことで暗渠化を進めたんですね。暴れるから封じ込めるという。一方で、90年代後半くらいから親水って言い方が出てきてます。親水公園という名前もあるくらいで、水に親しむというものです。

熊井:あー。親水。用語としては比較的最近のものなんですね。

伊藤:おそらく今のように形で使われたのは最近のことだと思います。それで、2008年に「渋谷川・古川 河川整備基本方針」というものが出ているんですが、そこでは「都市のにぎわいと人々にうるおいややすらぎをもたらす渋谷川と古川の再生」といったことや、「まちづくりと一体となったうるおいのある都市空間を形成する」と謳われているんです。

熊井:そうですね。

伊藤:都市化した後の渋谷川で、この状態であったことって一度もなかったんです。なので、もとの状態に戻すっていうのともまた違うんですよね。今の渋谷のままでどれだけ渋谷川から自然を感じられるようにするかという、ちょっと今までにはない状況を作ろうとしてるということなんです。

熊井:今までにはない状況、なるほど。実際に渋谷川のほとりを歩くと、ベンチがあって座れる場所が意外と多かったり、植栽や都市農業と言ってコンテナで畑をやっていたりと、なんだか確かに渋谷に新しい風景を生もうとしている意志を感じ取ることができます。

伊藤:人間に取り込まれたと言うとちょっと悪い印象になるかもしれませんが、里山・里川・里海っていう言い方があります。要するに、人によって作り変えられた自然ですね。里山というのも、90年代から非常に良く使われるようになりました。それに対して、手付かずの自然を奥山と言います。

熊井:里山と奥山。

伊藤:宮崎アニメで言うならば、「もののけ姫」の自然っていうのは凶暴で奥山。「となりのトトロ」の自然は人に優しい里山となります。

熊井:分かりやすいです。

ヌシと東急

伊藤:ヌシが棲むのは、どちらかっていうともちろん圧倒的に奥山が多いんですけども、里山にもヌシは棲んでるんです。「田園都市計画」ってありますよね。もともとはエベネザー・ハワードが構想して、人と自然の共存を謳っているものですが、東急がハワードを参照しつつ進めていたその計画というものは、例えば「田園都市線」という名前にも表れていますよね。渋谷ストリームの横の、渋谷川に親しむようなあの空間を作ったのも東急ってことを考えると、結構ヌシと東急っていうのは結びついてきますよね。

熊井:ヌシと東急!!!

伊藤:その話を東急のヒカリエという、この会場で話して良いのかわかりませんが。

熊井:二子玉川ライズという商業ビルの屋上に、ビオトープがあるんですが、そこにカルガモが営巣して卵を産んだりしていて、東急の方々が嬉しそうにしていた記憶があります。きっと、ヌシが居そうなまちづくりをしていますねって言ったら喜ぶ人達が多い気がします。ところで治水・利水・親水といったものをキーワードとしたときに、頭に浮かんできたんですが、大熊孝さんという方の「技術にも自治がある−治水技術の伝統と近代」という書籍があって、治水の技術にも自治、つまり地域それぞれの固有のあり方や文化があるということを書かれているんですね。上からの画一的な治水をするということではないあり方が本来あったはずだという。だから、当事者や関係者で、それこそ水に親しみながら、治水にあたることができる風景を都市で育めたらなと思わなくもないです。

為政者と水、民と水

伊藤:やっぱり為政者は、治水利水に心を砕くんですよね。それを民間でどれだけできるのかって話ですよね。

熊井: そうですね。為政者が為政者である大義として、その治水を司れているかどうかみたいなところがありますよね。

伊藤:治世と治水は、もう紙一重ですね。

熊井:そうですよね。だから水のことを考えるというのは、私たちそのもののあり方を考えることとかなりつながってくるなという実感があります。

渋谷にヌシはいたか?

熊井:それで、渋谷にヌシがいたかというところなんですが、伊藤先生がかなりリサーチをされていて、研究者の凄みを感じるんですが。

伊藤:いや、全然調べ切れてはいないんですけれども、色々と文献にあたってみました。1966年に出された「新修 渋谷区史」には、水の伝説が多く掲載されていまして。

熊井:え、渋谷に水にまつわる伝説がたくさんあるんですか。

伊藤:そうですね。水に関わるものがたくさんあるんですが、地名や駅名でもある「神泉」もそうですよね。そのなかでヌシと関わってくるのが、例えば「羽沢の沼」。抜粋しますね。

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青山学院東裏に明治初年まであった沼で、イモリ川の水源であった。松平左京の下屋敷時代にもその邸内にあり、明治の初めまで樹木が茂って昼なお暗く、沼の主といわれる大鯉がいたと伝えられる。その鯉を捕えようとして落雷にあたったとか、黒雲がこの沼に舞い降りたとか、いろいろの伝説が伝えられていた。(「新修 渋谷区史」より)
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熊井:おお!大鯉!しかもバチが当たっているんですね。

伊藤:そう。イモリ川そのものが今では暗渠化されていますが、そういう時代もあったということですよね。明治初年なので、1868年とかですかね。ちなみに、渋谷にヌシはいるかと言ったときに、渋谷というものがどこまでを含むかというところが難しくて、行政区分としての渋谷区なのか、恵比寿や表参道あたりまでといったいわゆる渋谷文化圏というものなのか、そこをどう考えるかによって、この問いに関する答えの含みが変わっていきます。

熊井:ああ、そうですよね。これがその、伝説になっていたということは、どのようなエリア性を持つのかはありますが、当時の人々がある程度の束でもって、あそこにはヌシが居るぞということを共有していたということとして捉えて良いのでしょうか。

伊藤:そうだと思います。

熊井:そういう生活のなかでのリアリティというものを想像するとなかなかスゴイです。

伊藤:ただ、渋谷にヌシはいたかということで調べてみましたが、やっぱりあんまりいないですね。明治のかなり早い段階から渋谷川流域っていうのは、人間の手が入ってたわけです。

熊井:ここまでのトークのニュアンスで言うと、ある意味人間に制圧されているということですよね。

伊藤:そうですね。先程話にあがりましたが、渋谷に水車小屋がたくさんあると言っても、今で言う水車小屋とはイメージが違いますからね。当時の最先端テクノロジーですからね。ヌシが棲む条件としては、そもそも向いていなかったのかなという感じはします。

熊井:まあ、そうだろうなという予感はしていました。

伊藤:「新修 渋谷区史」では他にも沼の記述がありまして。「穏田の沼」というものでヌシは出てこないんですが、これも抜粋しますね。

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大正初年明治神宮造営がはじまって、表参道が出来るまで、大山巌の邸内となっていたが、そのころまで、樹木が繁茂し、池水は水草におおわれていて暗く、神秘的なところと思われていた、と大山柏(ママ)が語っている。大正初年埋め立てられ、のち小学校となったが、当時の湧水はのちながく校庭に湧出していた。(「新修 渋谷区史」より)
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熊井:渋谷の小学校の校庭から湧き水。本当に湿地帯というか、水が豊かだったんですね。

伊藤:そうですね。あと、野村敬子先生という、私の知り合いの方なのですが、「渋谷むかし口語り 区民が紡ぐ渋谷」という本で、そこに「大木成介さんが語る 幼児体験」というエピソードが紹介されています。

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狼谷と言いますのは、今の上原社会教育会館のところですが、そこは昔、底ぬけ田んぼで、入ったらズルズルと、どこまでも底がないぐらい引き込まれちゃう。夜遅くなると河童に引き込まれちゃうゾ、というくらい。それで夏になると、子どもは肝試しということをしました。この前の三田用水という大きな川がある、そこから歩いて行って、今の上原中学校の底ぬけ田んぼを通って帰ってくる、という、これが一つの肝試しのコースでした。(野村敬子 編「渋谷むかし口語り 区民が紡ぐ渋谷」より)
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熊井:うわ。河童!底なし沼ならぬ底抜け田んぼ。本当に湿地感がありますね。狼谷という名前もまたスゴイ。

伊藤:そうですね。野村先生の同じ本からですが、「並木茂七さんが語る 渋谷っ子の渋谷 金王八幡宮のことなど」というエピソードのなかで、渋谷駅のところにあったという松の大木の話が出てきます。

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渋谷駅のところに松の大木がありましてね。近くには馬方などがコップ酒をいっぱいやって帰る大衆食堂があり、ずいぶん賑わっていました。震災後その道幅をひろげようと松の木を伐ったところ、その職人が死んだ。棟梁が怪我をしたりして渋谷では話の種になりましたそうです。その松の大木を伐ったところ、根元に白蛇が棲んでいたそうです。びっくりして実生の松を植えかえして、松の生命を繋いだ。それが現在北谷稲荷に植えられて「竜神の松」となったというものです。とても願いごとにご利益があるそうです。(野村敬子 編「渋谷むかし口語り 区民が紡ぐ渋谷」より)
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熊井:松の大木の祟りに白蛇。そして馬方。なんか、イメージの喚起力がスゴイですね。

ヌシと人間の拮抗

伊藤:渋谷にヌシは可能かっていうところなんですが、そもそもヌシ伝承というものが何かっていうところを改めて言いますと、それは人間と自然との対立抗争の物語だということになります。それで、それが共存するってことは実はかなり難しくて、むしろ大抵は片方が一方的に勝つんですよ。負けた方は傷ついて、殺されたりその場を離れていったりする。勝つか負けるかの世界ですね。だから、とにかく共存するためのコツというものは、やっぱり近づかないということ。互いに距離を置くこと。ヌシが一方的に襲いかかってくるってことはほぼないから、人間がそれをわきまえて近づかなければ大丈夫なんですよね。

熊井:わきまえる。

伊藤:そう。要するに棲み分けですよね。それで、渋谷にヌシは可能かっていうことを色々と考えていくこととも関連するんですが、さいたま市にある見沼ってご存知ですか。

熊井:分からないです。

伊藤:ヌシの本を書いた後に、調べて論文にしたことがあるんですが、この見沼にもヌシ伝承があるんですよ。ただ、沼としては現在調整池として残っているんですが、ほとんど埋め立てられています。

熊井:埋め立てられている沼。

伊藤:そう。もともとヌシ伝承があったんですが、そうなると当然、ヌシは居なくなりますよね。ちょっと話が長くなってしまうかもしれませんが、伊奈忠次と井沢為永という治水家が江戸時代初期にいます。

熊井:治水家という言葉にまずグッときます。

伊藤:その2人にまつわるヌシの伝承っていっぱいあるんですよ。

熊井:治水家だけに。

伊藤:ヌシと直接戦うのは土木作業を請け負っている人たちではあるんですが、伊奈家が祟られたとか、伊沢為永のところにヌシが訪れて止めてくれと交渉したとか、そういった伝承がたくさんあります。見沼は全部埋められてしまったわけなんですが、ここで面白いのが見沼のヌシが、千葉県の印旛沼に移るという伝承があるんですね。人力車に乗ったヌシが、「どちらへ」と尋ねられて「印旛沼の方へ」なんて言うんですけど、埼玉と千葉ですから、かなり距離がありますよね。

熊井:どうしてまた、そんな遠いところに。

伊藤:それが、見沼と印旛沼というのは同じ利根川水系なんですよね。ところが辿った歴史は全然違っていて、印旛沼の干拓というのは江戸時代に何度も繰り返されてきて、結局失敗続きなんですよね。

熊井:うわ。人が制圧できなかった歴史でもあると。

伊藤:はい。江戸時代中期に幕政で手腕を発揮した田沼意次の失脚のきっかけになったのは、印旛沼開拓の失敗なんですよ。

熊井:なるほど。

伊藤:一方で見沼は制圧されたわけです。簡単に言えば、見沼では人間がヌシに勝ったんだけども、印旛沼ではヌシが人間に勝ったんですよ。印旛沼放水路というものは、結局計画倒れで現在に至るまで作られてないんです。だから見沼のヌシが印旛沼に行こうとする伝承というのは、そういったことが背景にあるんじゃないかなって思います。

熊井:当時の人間と自然の関係に関する地政学のようなものが、伝承の中に反映されているという。

伊藤:そうですね。ちょっと言い方を変えると、見沼では人間がもう総出でヌシを追い出していたと思うんですよね。それまで見沼で行われていた龍神のお祭りというものがあるんですけど、今はね、陸でやっているんです。

ヌシを引き戻す

熊井:追い出すけど、お祭りはやる。

伊藤:面白いですよね。さらに面白いのが、そこから最近また変化がありまして、さいたま市にお住まいの方なら分かると思いますけども、ヌゥっていう見沼の龍神がモチーフになったキャラクターが誕生したんです。

熊井:へえ。

伊藤:ヌゥは、さいたま市のPRキャラクターになっているんですが、大宮市と浦和市と与野市が合併してさいたま市になり、新たなシンボルが必要になったときに出てきたんですよね。

熊井:なるほど。

伊藤:見沼龍神祭って毎年開催されていてコロナで止まってしまいましたけど、実は新しいお祭りで、さいたま市が生まれた時に始まったものなんですね。だから見沼の住人たちは、一度自分たちが追い出したヌシをもう一度引き戻したんです。やっぱりヌシに居て欲しいっていうことで。それが一つモデルケースにはなるかな。

熊井:うわー。ヌシを引き戻すということのモデルケース。ただ、沼そのものは埋め立てられたままなんですよね。

伊藤:そうですね。見沼が元の状態に戻ることはもうないでしょうね。だけど、やっぱり潜在意識というよりも顕在意識という形でと言っても良いと思うんですけど、住民たちの間ではヌシというものに対して恋心を持っているんじゃないですかね。

熊井:同じ恋心を持つもの同士で交流したいです。

伊藤:渋谷川の現在の状態というのは、まさに人間がやったことなんですけども、やっぱりこういったヌシの話に喜ぶ気持ちがあるわけですよね。それはやっぱり、ヌシと人間の新しい関係ができつつあるんじゃないかなっていうことを、私は思いました。

ヌシと人間の新しい関係

熊井:ヌシと人間の新しい関係。

伊藤:今日のトークイベントのお話をいただいたときに、あんまり乗り気じゃなかったのは、発言が否定的な感じになっちゃうんじゃないかということを気にしていたんですね。

熊井:渋谷にヌシはいません、終わり、という。

伊藤:そう。渋谷にヌシはもう無理だよって。そもそも人工的な空間にヌシが棲むことはないし、親水という概念になったとしても、水の流れの綺麗なところにヌシは、本当は棲まないんです。だから、これまでの論理や理屈で言うならば、渋谷にヌシは可能かと言われたら不可能だっていうふうに言わざるを得ない。ところがこういった事実があるわけですよね。見沼もそうですが、渋谷川に河童が出没して結構みんなが喜んでいるという。そうなると、ヌシを退治するとか封じ込めるとか、そういうところから次の段階にきているのかなっていう感じがしました。

熊井:うわ。これまたスゴイことをおっしゃいますね。

伊藤:ヌシの本のブックレビューや書評を一般の方も書いてくださることがあるんですが、やっぱり自分の地元にもヌシはいないかなって思っていたり、居て欲しいと思っていたりされていることが結構多いわけなんです。だから、ヌシの本のあとがきにも書いたんですが、隣人という捉え方ができるわけです。そうするとですね、治水、利水から親水という流れともやっぱり呼応してるんです。

熊井:確かに。なんか今、スゴイ話を聞いてしまっている気がします。

伊藤:人と水との関わり方っていうのがもう劇的に変化してきてるわけですよね。そうすると、ヌシとの関わり方っていうのもやっぱり変化していくであろうということで、そうなるとちょっと、当初とやっぱり考え方が変わってきまして、渋谷にヌシは可能じゃないかなというふうに思うようになってきています。

熊井:どひゃー。

伊藤:きっと、この世の中に生きてるのが自分たちだけじゃないっていうことを欲しているんじゃないですかね。

熊井:うわ。もう、ちょっとお聞きしたいのですが、隣人という言葉も出てきましたが、自分とは異なる存在としての隣人が居て欲しいということですかね。

伊藤:そう。そのような隣人的な存在に居て欲しい。

熊井:異なるっていうのは、まさにヌシなるものも自然という存在も含めつつの、つまり大きな意味での他者。その他者とどう良き隣人になれるのかっていうのは、人類が背負っているかなり重要なテーマであるように思います。

伊藤:ヌシって言葉がね、いろんな意味あるんですよね。まず、主(あるじ)ってなる場合は、当然ヌシの方が上ですよね。人間は対等よりもちょっと下ぐらいの関係。ただそんなに悪い関係ではないわけですよね。そして、その時にこちらは客にもなるわけですよね。

熊井:主客関係での、ヌシと人ですよね。

伊藤:そうなると、こちらには客としての態度ってのが求められる。

熊井:あー、客としてのわきまえが必要になってくるという。

伊藤:一方で、主様という言い方もありますが、その場合はあなたという意味があるんですよね。

熊井:時代劇を見ていると相手のことを、おぬしって言いますもんね。

伊藤:そう。その場合は隣人という言葉に近づいてくる。客としての態度というものが求められつつも、そういう親しみのある隣人というものが求められているのかもしれませんね。

異人歓待

熊井:ここまででスゴイたくさんのインスピレーションがあったんですが、ヌシという言葉が孕んでいる意味の深さも感じてしまいました。ここ数年「異人歓待」という人類の営みを調べるというか、考えたりしているんですね。例えば、言葉も通じないような集団同士が遭遇した時にどのようにして迎え入れるのかということなんですが、それを「異人歓待」と呼ぶわけですよね。それで、じゃあだれがその「歓待」をホストとしてしていたかというと、部族なりの集団の主(あるじ)であったとされていました。一方で、貨幣経済が広がっていくと、その「歓待」をする場所が、宿や飲食店といったものになっていく。つまり「異人歓待」が大衆化したとも言えるし、一般化や民主化していったとも言える。そこから一つの教訓を導き出すならば、全員が主(あるじ)たれ、ということと同時により良き客人たれ、ということでもあるなと思っていたんです。

伊藤:ひょっとしたらヌシと隣人関係でいられるかという話にもつながってくるかもしれませんが、とにかくヌシを主(あるじ)とした際に、もう全ては客であるこちら側の出方次第なんですよ。ヌシの方が一方的に襲ってくることはない。

熊井:その話って、スムーズにうんうんと聞いちゃっていたんですが、よくよく冷静に立ち止まってじっくり考えてみると、ものすごい設定だと思うんですよ。設定というか掟というか。すべてのキーをこちらが握っている、握らせてもらっている。ヌシは、ずっとこちらのスタンスを見てくれている。それはきっと安易に信じているとか見守っているというわけでもなくて、ただただ見てくれているという。

集団的詩的想像力

熊井:もうちょっとお訊ねしたいんですけど、伊藤先生の本を何冊か拝読していくと、人と自然、人と人といった関係性の束から生まれる物語があるんだなというのが非常に腑に落ちてくるんですね。一個人が創作した物語ではなくて、ある意味で言うと時代空間を超えた集団創作的な意味での、ヌシの伝承みたいな感じ。そういう集団的だったり共同体的だったりする営みから生まれる物語っていうのが、その共同体にとっていかに必要だったかっていうのも、見えてくるわけなんですよね。

伊藤:そこがまさにわたしの専門としている伝承文学というものなんですよね。「吾輩は猫である」の作者は誰ですかって言ったら、個人の名前が出てきますけど、桃太郎の作者は誰ですかと言っても作者はいないわけですよね。ただ当然、全く誰もいないわけじゃなくて、おっしゃられたような集団創作で伝承されていくうちに言葉が練り上げられていってストーリーがまとまっていく。それがつまり、伝承文学なんです。

熊井:面白いです。伊藤先生がおっしゃる「詩的想像力を取り戻す必要がある」というのは、個人の詩的想像力の話でもありつつも、集団的な詩的想像力をいかに発揮するかという問いでもあるわけですよね。

伊藤:「何かが後をついてくる」っていう本に書いたんですが、ヌシじゃなくて「ビシャガツク」という福井県のマイナーな妖怪の話なんですけども、雪道を歩いてると、後ろからビシャビシャとか何かついてくるような感覚があるんですね。おそらくこれに近い感覚って、みんな経験してると思うんです。雪国の人だったら特にそうなんですが、そうじゃなくても、夜道を1人で歩いてるときに後ろに誰かいるんじゃないかって。

熊井:わかる気がします。暗いところで一人だと特に。

伊藤:それが個人の体験であるうちは、ただの怖い体験なんですよね。それが共有されたとき、名付けられたときに、そこに妖怪が生まれてく。

熊井:名付け。

伊藤:名付けることで共有がしやすくなるわけですよね。

熊井:その名付けにも詩的創造力を感じます。「ビシャガツク」ってなんとも、溶けた雪がまとわりつくおどろおどろしい感じがします。

人がいるからヌシが生まれる。ヌシがいるから人がつながる

熊井:もうちょっと触れておきたくてお訊ねするのですが、伊藤先生の「ネットロア ウェブ時代の『ハナシ』の伝承」という本からも多くのインスピレーションを受けています。伝承が人の関係から生まれるとするならば、その関係というものは、おそらくこれまでは地縁や血縁といった縁のあり方が連想されるんです。そこから伝承が生まれていた。一方で、これだけ人が移動し、地縁や血縁といったものの関係性がゆるやかになっていった現在の社会をみたときに、じゃあ伝承文学のようなものが生まれるのだろうかという問いは非常に興味深いことだと思うんです。つまり、人と人との結びつき方はどのようになっていくのかというものとほぼ同義の問いになっていく。渋谷にヌシは可能かという問いも、おそらくそことも関わってくる。

伊藤:伝承文学の研究をしているなかで、これまでのやり方では対処できない現象が生まれていくんですよね。「ネットロア」という名称は、インターネットとフォークロアを組み合わせた造語です。これは「2ちゃんねる」時代に書かれていて、この本が出たのが2016年ですけども、書いていたのは2010年くらい。現代のスマホ時代は、ちょっと合わなくなってきてますけどね。ただいずれにしても、インターネット空間だとしても、人と人が結びついてるところがあれば、話も生まれるんですよね。

熊井:伊藤先生の「人がいるから説話が生まれる。説話があるから人は結びつく」という言葉とこれまでのお話を組み合わせてパラフレーズしていくと、「人と自然、そして人同士の関係から、ヌシが生まれる」さらに、「ヌシが居るから、人と自然、そして人同士が関係を持つ」とも言えてくると思うんです。そして、その関係の場が、リアルな場所だけでなく、インターネット空間も含まれていく。おそらく、それが非常に渋谷的でもあると思うんです。今回、ヌシについて考えることが、私たち自身のことを考えることでもあると強く感じました。是非、第2回の開催も検討していきたく思います。

伊藤:まあ、またやりとりしていきましょう。

参考書籍

企画/編集執筆/書影写真

熊井晃史

記録写真

佐藤海

イベントキービジュアル

somedarappa

paowerd by

渋谷ヒカリエ Creative Space 8、國學院大學広報課