猪瀬浩平「ボランティアの文化人類学」
これは、複合施設である渋谷キャストの7周年記念として制作し、無料配布をしてきた小冊子の本文をオンラインで公開するものです。2024年4月から、2年の時を経てなぜ今か。この社会全体に『good stream(良い流れ)』を生み出していきたい」とする、このshibuya good streamに多くの示唆を与えてくれるものであり、より良いアーカイブのあり方を模索したかったからです。
小冊子のタイトルテーマは、「頼まれなくたってやっちゃうことを祝う」。
周年記念とはいえ、何を記念すべきなのか。何を祝うべきなのか。その問いへの一つの応えがそれでした。また、ひとつの施設を越えて今の社会において、そのお祝い気分が広がっていくことを想うものでした。ただし、そのような気持ちだけが確信とも言えるもので、それ以外は暗中模索。「独りよがり」や「おせっかい」とは違うのか。同じなのか。手放しでお祝いして良いものなのか。色々と湧き出す逡巡を抱えたままのインタビューのプロセスをそのままにとりまとめています。
文化人類学者の猪瀬浩平さんにお話をうかがったのは、「ボランティア」について。
頼まれなくたってやっちゃうことを祝う。それは、つまるところ、ボランティア精神を尊ぶということと一体なにが一緒で違うのか。自発的で無償。かといって、他者の存在を必要としない自発というものは無い気がするし、それが無償であり続けることへの疑問はあるし、公共性と言っても自分を滅して臨むものでもないような気もする。鬼の首を取ったかのように自発性や能動性を根拠に置きすぎると全てが自己責任論に終着していきそうで怖さも覚えます。数十年前までは見慣れなかったボランティアという言葉。いまや、至極あたりまえになったような気もしつつ、その奥底にある意味や意義を改めて問うために、文化人類学を専門としつつも、自身もボランアンティアをし、そして大学で「ボランティア学」を教え、「ボランティアってなんだっけ?」を著した猪瀬浩平さんを訪ねました。
右:猪瀬浩平 左:熊井晃史(shibuya good stream及び、そのコンセプトイベントshibuya slow streamのディレクターを務める)
見沼田んぼ福祉農園
さいたま市の見沼田んぼという地域にある、「障害のある・なし関係なしに農業しながら、地域のなかに様々なつながりをつくること」が目指されている農園。猪瀬さんは、そこでボランティアをし続け、そこを地元として生きる一人の人間として、様々な状況に巻き込まれ、そして、巻き込んでもいきます。
猪瀬浩平「分解者たち ―見沼田んぼのほとりを生きる」(生活書院)
見沼田んぼを、そこに身を置き生きる猪瀬さんが書く。それが巡って、「私や私の周囲のいずれも名もなき人びとが、雑多な生きものや事物がただ目の前にある世界を生きていくこと、ばらばらでありながら、ときに交わる、そして離れていく有り様を凝視し、埋もれた痕跡を掘り起こしていく」ことになる書籍。
猪瀬浩平「ボランティアってなんだっけ?」(岩波ブックレット)
ボランティアとは何か。それを「非真面目」に考えるというこの書籍では、最終的には「自治」をボランティアと読ませることで筆が置かれています。それはどういうことか。それは猪瀬さんの実体験を交えながら語られる文体に触れていくと感得していくのですが、もっと言うと、人は本来ずっとそういう生き方をしてきたのでは?と思えてきます。
猪瀬浩平「野生のしっそう ―障害、兄、そして人類学とともに」(ミシマ社)
今、スゴイ本を読んでいるという体感が迫ってくる。随所に心にひっかかる言葉がありそれに気を留めながらも、ぐいぐいと読む。とはいえ、じゃあ、これはこういう内容の本ですと要約することが憚られる。というか、できない。そう簡単に分かった気にならないということが、かけがえのない尊厳のある存在への眼差しのようでもあります。「失踪と疾走のあわい」。それが、読むという体験をも貫いていきます。
猪瀬浩平「むらと原発」(農文協)
「窪川町における原発立地をめぐる住民投票条例の制定は、これまで原発反対運動によってもたらされた画期的な条例と評価されてきた」のだが、猪瀬さんは「その住民投票が行われなかったことこそが重要である」とします。なぜか。例えば、それは人々が会話をし続けるためともいえるのですが、それはまさに、若林さんが手がけられた「『忘れられた日本人』をひらく」で描写されている、「村の寄り合い」の様子そのものであるようにも思います。
会話を終わらせない工夫
熊井:「頼まれなくたってやっちゃうことを祝う」というテーマを掲げたわけなんですが、その「頼まれなくたってやっちゃうこと」って、よくよく考えたらボランティアってことなのかもしれない、いや違うかもしれないという逡巡が芽生えたんですね。それで、猪瀬さんの「ボランティアってなんだっけ?」を呼んでみると、ボランティアが最終的には自治に置き換えられている。巷で言われているボランティアのイメージとはかなり違うものとして語られていて、とてもびっくりしつつ、非常に腑に落ちるところもありました。なので、今日はお話を伺いながら、このテーマを深堀りしていきたいと考えています。
猪瀬:ありがとうございます。そういえば、熊井さんが事前に送ってくれた資料に書いてくれていましたが、若林恵さんと畑中章宏さんの「『忘れられた日本人』をひらく」をわたしも読んでいて、「むらと原発」で書いたことと重なっているなと思っていました。
熊井:そうですよね。「『忘れられた日本人』をひらく」では、民俗学者の宮本常一が描写していた村の寄り合いが着目されていて、長時間の話し合いという、まさに寄り合いの中で会話が引き延ばされていくことの意味が語られています。一方で、「むらと原発」では、住民投票条例を制定しながらも、投票で決をとって終わらせるというものではない方法、つまりその条例に基づいた住民投票を実行せずにいた村のあり方が浮かび上がっていく。そのどちらからも、多数決以外の民主主義のあり方が、ありありと感じ取れるものでした。
猪瀬:文化人類学者のデヴィッド・グレーバーがいう「民主主義の非西洋起源」という話とつながっていきますし、それこそ「村社会」というものを悪いものとして決めつけてしまうことに対する別のフレームの提供という意味でもつながっていきます。
熊井:猪瀬さんが「むら」とひらがなにすることで、その意味を捉え直していったように、畑中章宏さんは「世間」という言葉の意味を改めて捉え直そうとされていますよね。
猪瀬:そうですよね。
熊井:人がなんとか相互依存しながら生きている存在であるということ。それに、そのような状況を維持するための工夫が暮らしの中に埋め込まれていたということ。そういうところに目を向けられていますよね。それって、なんだかずっと会話をし続けるみたいなニュアンスとして捉えていたんですよね。
かけがえのないものを、かけがえのない形で分ける
猪瀬:それでいうと、きだみのるという人が「山分け」っていう概念を出しているんですけど。
熊井:きだみのる。山分け。
猪瀬:パリで文化人類学者のマルセル・モースに師事した人なんですけども、彼が言うには、狩に行ってその成果をみんなで山分けをするにしても均等に分けるわけではないんですね。でも山分けを行う瞬間において、分け合った人同士が「みなが平等」に分けたという感情をもつ。その基盤として部落が存在すると、きだの『気違い部落周游紀行』について論じた、上野俊哉さんが整理しています。この山分けにあらわれているのが、ただ唯一のかけがえのないものを、かけがえのない形で分けるということのように思います。
熊井:かけがえのないものを、かけがえのない形で分ける。
猪瀬:コロナ禍で、マスクが日本中の全世帯に2枚ずつ、それこそ均等に配られたじゃないですか。
熊井:ああ。
猪瀬:世帯ごとに置かれている状況は様々ですし、それぞれのマスクへの重要性というものは、いろいろなグラデーションがあるはずなんだけど、文句が出ないために均等に扱うという方法のなかでは、そういう個別性は置いておかれる。
熊井:ああ。
猪瀬:均等と言えば、聞こえは良いし平等に見えるけど、その見方自体が歪んでいる可能性っていうのはある。災害時の避難所で全員分の物資がないから、誰にも配れなくなっちゃうという話もそうですよね。
熊井:ああ。そうした時に、そうじゃない方法、つまり均等じゃないけど納得を感じたり、みんなの合意というものが生まれたりしていくためには、何が必要になってくるんですかね。
猪瀬:そこがまさに重要な話で、この人は今ここで困っているとか、こういう事情にあるっていうのが、オモテ面だけではなくて、ウラ面の口に出せないことも含めて分かっているというのが多分重要で。例えば、今でも我々が会議で決めるとき、なんでこんな歪んだ決定したのって思ってても、その後の飲み会みたいな場で、いや実はあの人こうなんだよって内部事情的なものを言われると。
熊井:そっかーって、納得しちゃう。
猪瀬:そうそうそう。ある程度全員がそれぞれの事情を良い感じに分かっている状態があると、納得する山分けの形が生まれるんでしょうね。
今も残る「山分け」
熊井:それぞれの事情というものが、ある程度ぼんやりとした塩梅だとしても了解されている状態。
猪瀬:そう。その山分けが進化したかどうかはともかくとして、それに近いけど、そうじゃない形っていうもので、今でも残ってるものがあるんです。よく行くんですが、岐阜の郡上八幡で行われている「頼母子(たのもし)」というもので。
熊井:頼母子。
猪瀬:同級生の集まりやら、地域の集まりやら、まちづくりに関わった人の集まりやらで、月に一回くらい集まって、呑み食いしながらその都度お金を貯めておくんですね。それで、その貯まったお金の「競り(せり)」をして、今日は誰が競り落とすかっていうのをやるんですよ。
熊井:お金の競り。
猪瀬:例えば、貯まった10万円をいくらで競り落とすかというのをみんなでやっていくんですよ。
熊井:え、じゃあ、10万円を1万円で買って手に入れるみたいなことが可能になるんですか。
猪瀬:そう。
熊井:スゴイ。お金をお金で買う。それこそ対価という概念が揺らいでいきますね。
猪瀬:例えば、家族が病気になったという人が出てきたら、競りというシステムを通して、その人にまとまったお金を融通してきたようなんですよね。
熊井:競りではあるんだけど、貰うべく人がちゃんと貰えるようになっているということなんですよね。
猪瀬:そうなんですよね。だから、狩をして獲物を山分けするといったことよりも、もうちょっとこう、うん、複雑にしちゃっているわけです。
熊井:その複雑さがあるから、えっと、御着せがましくない感じはあるかもしれませんね。
猪瀬:そうそうそう。10万円を貰うために、1円から始まって競り勝って、それを買ったという手触りが残る。お酒を呑みながらですけど、競りが始まって「今日取るぞ」なんて宣言したりされたりして、今日は誰かなみたいな雰囲気になりつつ、「張り合っちゃうぞ」なんて言って競り合いを楽しんだりして、しかるべきところに着地させていくんですよね。
熊井:貰うとか買うとかが混ざっちゃって、なんだかスゴイ不思議な気持ちになりますね。あーでも、貰ったとすると、貸し借りの負い目が最大化される感じがありますが、競り勝って買ったとすると、負い目が減る感じもあります。
猪瀬:良くできたシステムですよね。
熊井:猪瀬さんの「ボランティアってなんだっけ?」の中で、「『対価』という言葉は、多くのことを見えなくしてしまう」というフレーズがあったのですが、まさにその見えてなかったものの一端も感じました。
「頼まれなくたってやっちゃうこと」で生まれること
猪瀬:そうですね。ちなみに、今回のテーマである「頼まれなくたってやっちゃうことを祝う」ということと、「ボランティアってなんだっけ?」で書いたことを重ねつつ、頭に浮かんでいたエピソードというのが、この本の最初の方に出てくるチシマくんのことで。それこそ誰からも頼まれていないのに、彼がみんなで旅行をしたいって言い始めるという。
熊井:なんとなく「伊豆に行きたいねえ」という会話が交わされるところですよね。福祉農園に関わるみんなが巻き込まれていくという。
猪瀬:チシマくんは、日程も交通手段も宿も決めてなかったんだけど、旅行の勧誘だけは始めてて、もうその時点で亡くなられていたんですが、チシマくんと僕の共通の友人がいるんですけども、その方のお母さんにも声を掛けていて。さらには、「楽しみにしてる」なんて言われちゃったりするんですよ。それで、案外、準備をしていくうちに楽しくなっちゃって、旅行のしおりをつくる人が出てきたり、ギターを持ってくる人が出てきたりして、それこそ頼まれなくてもやっちゃうことが広がって、盛り上がったんですよね。
熊井:旅行のバス移動の様子ももう目的地に着く前からスゴい楽しそうですよね。誰かが持ってきたDVDを上映したり、高速道路網に詳しい人が解説をしたり、カラオケが始まったりと。
猪瀬:そう。みんなで旅行に行くことができて、すごく良かったんですよ。旅行を主宰した団体は、見沼田んぼ福祉農園を一つの拠点として障害のある、ないなどの違いをこえて、農的営みをとおして新たなつながりをつくりだすことをミッションに、NPOという形で法人を立ち上げて運営をしているんですけど、やっぱり組織化したり、業務を合理的にルーティーン化したりすることだけをしていった先には、事業をこなすだけであったり、なんというか行政の下請でしかなくなって、安く使われるだけの存在になっていくということも危惧されるんですよね。だから、そういう意味でも、頼まれなくたってやっちゃうことだったり、ボランティアみたいな要素が結構重要で。
熊井:ああ。
猪瀬:なんていうのかな、もっと言うと、頼まれなくてもやっちゃう要素というものが引き出される状況っていうのが、うん、すごい大事だなと思っていて、その時に、誰かに使われた感じじゃなくて、自分もよかったと思える。
熊井:ああ。
猪瀬:本には書いていない話なんですが、この旅行で、実は僕の家族が全員集まったんですよ。父と母と兄と妹のみんなで旅行に行くことって、多分中学生以来、無かったんですね。それってこの仕切りだから成り立ったのであって、そうじゃなかったら絶対家族が揃うことはなかった。
熊井:ついつい集まっちゃう何かがそこにあったんですね。
猪瀬:家族以外の人たちがいっぱいいるから、ある意味、パブリックな機会でもありつつ、だからこそ、家族の非常にプライベートな問題も一時的な回避が生まれて、集まれちゃった。プライベートな願いも叶っちゃった。一つのわかりやすい目的を共有して集ったというよりも、なんとなくはじまったことに、それぞれがなんとなくあつまり、過剰気味にやれること、やりたいことをやり出して。まあ、うん、なんか楽しかったなと。
熊井:やっぱり楽しかったと。
猪瀬:そう。他のみんなも、こんな旅行かなり久しぶりで楽しかったって、夜の席も盛り上がったんですよね。来年もやろうって。でも、コロナでトーンダウンしちゃったんですけど。
頼まれていないことが、大切なことだった場合に
熊井:ソーシャルディスタンス。ステイホーム。
猪瀬:そう。それで、僕の職場の先輩が埼玉のときがわ町の山の上で暮らしてて、去年なんですけど、そこにみんなで行くかって、夏に10人ぐらいで行ったんですよ。そこは、火も全部、薪でやるみたいな状態で、さらにはマムシがでるから長靴で来いとか、ムカデに気をつけろとか、注意事項もたくさんあって。
熊井:おお、旅行というか、サバイバルキャンプ。
猪瀬:一緒に行く人のなかには、沖縄出身の人もいて、毒蛇に噛まれた時の情報もくれたりして、なんかよく分からないけど、みんなでマムシリテラシーが高い状態で向かうんですよ。それでまあ、いろんな話をするし、お酒も呑んで楽しかったんですけど、前の旅行にも参加していて、この旅行にも行くって言ってたんだけど、やっぱりちょっとハードだから止めておくわってなっていた、70代後半の方がいたんですね。それで、その方がその年の秋に亡くなったんですね。もう一人、福祉農園でその方と仲良かった人も、その数カ月後に亡くなるんですよ。倒れてすぐ病院に入って、家族しか面会ができなかったりで、そのまま亡くなられて、僕たちはご葬儀も行けてなくて、その、なんというか追悼の場もないまま、気持ちのやり場に困ってたんですね。そうしたら、チシマくんとご飯食べてるときだと思うんですけど、彼が「亡くなって、寂しいよね。お別れ会をしなきゃね」って。
熊井:チシマくん。
猪瀬:彼は、なにかこう、うん、彼として、本当に寂しい気持ちを、こう素直につぶやくんですけど、それを言われて、こちらとしてはコロナのこともあるし、いろいろな都合考えちゃって動かずにいたので、すこし苛立ち、事情を考えろよと思ったりもしたのですが、僕以外の人も含めて立て続けに「亡くなって、寂しいよね」って言われているなかで、ふと、いやこれは動かなきゃいけないなって思うんですよね。それこそ、動くと言っても、誰からも頼まれていない。亡くなられていますから、本人が望んでいるかどうかも分からない。ご遺族に頼まれているわけでもない。それでも、チシマくんが呼びかけ人になってお二人を偲ぶ会をやったら、参加者も結構集まって、二人が今までどのような活動をしてきたかって、そんなに縁がなさそうに見えていた人も含めていろいろな人が思い出を語ってくれて。
熊井:ああ。
猪瀬:普段あまり喋らない福祉農園のスタッフも、あの二人から教えられたことがあるとか、あと、お一人の方は60歳過ぎてから定時制高校に通われていたんですが、その時の教頭先生もいらっしゃって、やっぱりその人から教えられたことがあるって、いろいろな話をされていて、とにかくなんか良い時間になったんですよね。農園の日々の運営のことしか考えられていない状況の中で、そこでずっと働いてきた方が亡くなられた時にちゃんと大切にすべき時間を迎えるためには、だから、そのチシマくんのつぶやきが結構大切で。
熊井:チシマくんのつぶやき。
猪瀬:チシマくんって超重要だなって思っていたのが、「ボランティアってなんだっけ?」を書こうとしたときにも、かなり念頭にあって。というのも、強いリーダーシップで事を成していくことも、もちろんスゴイと思うんですけど、一方で、なんというか強烈な意識と覚悟と知性で動いているわけでなく、普通の人が、やっちゃう、始めちゃうこととか、それに巻き込まれていっちゃうなかで、生まれていくことって、やっぱりたくさんある。むしろ、そういう、広がりのあるところを語りたかったんですよね。何気ないチシマくんの、そういうつぶやきでも、自分のどこかの想いと重なっている。そういうところから考えるボランティアっていう。
熊井:何気ないつぶやきから、実際に現実を動かしてしまう。現実が動いてしまう。
猪瀬:やっぱりチシマくんに巻き込まれたからこそできてしまうことっていうのは、たくさんあるなって思うし、その意味でボランティアだったり、「頼まれなくてもやっちゃうこと」っていうのは、すごい大きなこともあれば、もちろん些細なことだってたくさんあるはずだし、そもそもそう捉えておかないと、そういうものが生活に余裕がある健常者だけがやる行為という定義になっちゃうんですよね。
熊井:ああ、僕は基本、ワークショップというか、教育領域の仕事をしてきているんですが、いわゆる定型発達というものだけが前提になっていて、教育というものを、できることをどんどん増やしていきましょうっていうことだけで捉えることに、息苦しさを感じていて、まさにという気持ちにもなりました。僕の息子は足が不自由になる難病を抱えているのですが、ある意味それだけのことで、とあえて言うんですが、定型発達を前提とした教育空間では、もう構造的にとたんにやりづらくなるところがある。人と人との間に、序列やヒエラルキーが、すぐ入り込んでくる。注意をしないと、教育というものがまさに健常者だけの営みとして定義されてしまう。
猪瀬:そうですよね。
熊井:猪瀬さんの書籍を読んだり、お話を伺っていると、本来、人ってこうやって生きてきたんじゃないかっていう気分になってくるんですね。こうやってというのは、人と人とが、できるだけ良い塩梅で、ということなんですが。
誰かを思い通りにしようとする暴力と、それを破壊する暴力
猪瀬:これは「野生のしっそう」で書いたことにもつながるんですけど、哲学者のヴァルター・ベンヤミンが、「神話的暴力」と「神的暴力」ってことを言っているんですね。
熊井:暴力。名前は似ていますけど、その二つは違うものなんですか。
猪瀬:はい。異なるものとしてベンヤミンは考えていて、神話的暴力っていうのが、法措定暴力と法維持暴力というものに分かれるんですけど、例えば、戦争で侵略をした国が侵略先の国のルールをつくったり領土を定めたりするのが、法措定暴力。その後、それを警察とかによって管理するというのが、法維持暴力。そのどちらも、つまり神話的暴力というものは歪んでいるっていうのがベンヤミンの問題意識で。
熊井:ああ。ルールなるものを破ったら罰せられるけど、その罰する力というものも、言ったら暴力の一つで、さらには、そもそもなんでそのルールを守らないといけないのか、誰がなんの権限でそのルールを定めているのか、そこにも言ってしまえば暴力があると。
猪瀬:はい。それで、その上で出てくるのが神的暴力。そういった神話的暴力を根源的に破壊するものを、神的暴力って言うんです。ただ、その神的暴力が何でも壊していいっていう状態になると、それ自体が圧倒的な暴力としてヒエラルキーを生むことになるだけなので、ベンヤミンはそこから、その神的暴力が、要するに制度化しないためにはどうしたらいいのかっていうのを考えるんです。
熊井:ああ、制度化という暴力を破壊する、非制度的な暴力が、ある意味倒した敵と同じような制度になってしまわないためには、という問いがそこにあるんですね。制度の再生産のループからどうはずれることができるか。言うなれば、独裁政権を打倒した革命運動が、同じような独裁体制になってしまうというところをイメージしてしまいます。
猪瀬:そう。そういうときに大事なのは、いわゆる「サバルタン」とも呼ばれる、声なき存在のもっている力であるとベンヤミンは言うんです。
熊井:声なき存在のもっている力。
猪瀬:「野生のしっそう」では、まさに兄が「しっそう」するということが、神的暴力としてある。つまり、知的障害者でもある兄が、お金を持たずに移動してしまうというのは、ある意味、法を逸脱しているという話でもあり、コロナのなかで、「都道府県の境を越えてはいけません」であるとか、「必ずマスクをしてください」という法措定のような状態のなかで、それを相対化するような「しっそう」なんですね。
熊井:ああ。そういう「しっそう」を通して、つまり神的暴力があるからこそ、そこにあった神話的暴力に気づかされていくというニュアンスもあります。
猪瀬:そう。ただ、かといってそれが、「コロナは気にしなくて良いんだ」という規範の押しつけになってしまうと、それは新たな神話的暴力になるわけですよね。だから、それを、あくまでもその神話的暴力が一時的に機能しなくなる状況をつくった神的暴力として捉えることが大切で、「みなさんそれに倣いましょう」っていうことではやっぱりない。それをマニュアル化したり、SNSとかで「知的障害の人はみんな自由に生きていいですよ」とか「思いついたらすぐ外に飛び出していいんですよ」って言って、それが反復すべき正しいものとして語り始めた瞬間に、それは神話的暴力になるんで。
熊井:ああ。変にヒーロー化させないというか、ご自身の語りが、神話的暴力を孕むことを回避するためにはどうしたらよいかということを強く意識されていたということですか。
猪瀬:はい。やっぱり、なんか、その、だからこそ、兄の行為を一回きりの再現不可能なものとして書く必要があったんですよね。
自分色に染めてしまわないために
熊井:再現不可能で一回きりであるということが了解されれば、「それに倣いましょう」っていう気持ちにそもそもならないということですよね。あの、えっと、ちょっと意地の悪いような質問になってしまうのですが、「ボランティアってなんだっけ?」という書籍を、例えば関わっていらっしゃる福祉農園のボランティアの方々みんなに読んで欲しいという気持ちになったりはしないんですか。
猪瀬:読んで欲しくはありますけど、みんながみんな読んでいたり、好意的だったりすると、それはそれですごい気持ち悪い状況になってしまうし、読んでくれていたとしても印象が良かったり悪かったりと、まちまちのほうが安心するんですよ。
熊井:コントロールしようとする気持ちを手放していると。
猪瀬:自分が知らないところで、いろんなことが勝手に起こっていたり、人のつながりが勝手に生まれている状態を喜べる状況にしておかないと、やっぱりヒエラルキーが生まれてしまう。ヒエラルキー化させないのはすごく大事で、油断するとそうなってしまうっていうのはありますよね。僕自身も30代の頃までは、もっと、こう、全てをコントロールしようとしていたり、全てを把握しようとしていたように思うんですが、40代になって考え方が変わってきたような感じはあります。
熊井:油断するとヒエラルキーが生まれて、さらにはそれが固定化しちゃうから、とにかくそうならないように工夫するという人類の叡智ってありますよね。先程の頼母子もそうですけど、人間関係の束のような、人の集団のあり方をどうにか健やかなものにしておくための工夫というか。
猪瀬:はいはいはい。実は、「野生のしっそう」の後編があるんですよ。最終的にはホントはそういう民主主義論にいくはずだったんですよ。
熊井:なんですと。
その場に参加すること自体が一つの喜びであるような会議
猪瀬:農園で言うと、うちの親父は強い代表者としてずっといて、だから行政に対しても首尾一貫した強い主張ができてきたわけなんですね。でも、年も重ねていくし、人ってずっと強くあり続けられるわけでもない。だから、その強い代表というものではない場合に、農園という人の集団がどのようにして成り立っていくのかというところを、グレーバーの「民主主義の非西洋起源について」とかを踏まえてやっていくという。それってつまり、人と人との間にヒエラルキーを持ち込まないためのリーダー論のようなもので、だから、その、知的障害者でもある兄が代表をやることで、むしろもっと多様な声を受け止められる状態をつくれないかなって。
熊井:生きることと研究することが、溶け合ってどっちの話を聞いているのか分からなくなるというかなんというか。
猪瀬:まあ、はい。そういえば、文化人類学者の松田素二さんたちたちが、アフリカの「パラヴァー(palaver)」という習慣を研究しているんですけど。
熊井:パラヴァー。
猪瀬:言ってみるならば、MCみたいな人がいて。
熊井:Master of Celemony。
猪瀬:村で決め事をするときに、村人が広場に集まって、それで語り合うんだけど、そのMCみたいな人が、意見が対立している陣営にそれぞれ語らせたり、その都度、冗談を言ったり雑談を挟みつつ、あんまり喋ってない人にも喋らせたりしながら、昔はこうだった、ああだったみたいな話も集めつつ、その場を盛り上げていく。そうこうしているうちに合意形成がなされていくというものなんですね、パラヴァーって。
熊井:へー。
猪瀬:詳しそうな人に聞いてみたら、「そんな理想どおりにはいかないですよ」って言ってたんですけど、でも、会議みたいなものも、多数決であっさり決めるとかではなくて、その場に参加すること自体が一つの喜びであり、アイディアが湧き、なんか楽しいっていうイベントのようなものとして考えられないかなって。
ファシリテーションの非西洋的起源
熊井:うはあ。ホントそうですよねえ。先程話にあがりましたが、もう20年くらい前ですけども、もともと僕は、子ども向けのワークショップの仕事をしていたんですね。それで、自分の立場はファシリテーターと呼ばれるようなものにもなっていくわけです。周りのファシリテーターの人たちは結構、「先生じゃなくてファシリテーターです」という形で対比を強めてその存在意義を語っていたんですが、じゃあ、それはなんなのかというところの深堀りというか、腹落ちを自分にさせたくて、「民主主義の非西洋的起源」ならぬ、ワークショップやファシリテーションの非西洋的起源なるものを考えてきたという感覚があるんですね。
猪瀬:まさにですね。
熊井:そうなんです。それで、パラヴァーはアフリカですが、サモアには、トーキングチーフという村の話し合いをつかさどる立場の人が村長とは別にいるようで、インターネットで画像検索すると、杖とか持っていてなんかかっこいいんですね。それで、その話し合いの場の回し方もそうですし、そのトーキングチーフの人となりというか生活の様子が普段からみんなに見られている。まあ、だからこそ妙な説得力もあったりして、「あいつがそういうなら」であるとか「あいつが聞いてくれるから」という感じで、「じゃあ、自分も本音をしゃべろう」となったり了解がなされていく。これ、あくまでも推測や想像も入っているんですけども。
猪瀬:でも、まあ、きっとそんな感じなんだと思うんですよね。
熊井:なんかですね、話をしたりされたりという、話し合いの場って、シンプルではあるものの、結構繊細なものでもあるように思っていて、そういうものをみんなで大切に育んでいこうよという合意形成が、その話し合いでもたらすべき合意形成というものの手前にあるような気もするんですよ。
猪瀬:はいはいはい。
ともに死にゆく存在であるという次元での了解と賭け
熊井:で、猪瀬さんが書籍で書かれている「かけがえのなさ」というものが、人と人との会話を成り立たせているものとして重要な位置にあるというか、それが会話というものを支えているような気がするんですね。猪瀬さんの書籍って、脚注もかなり面白くて、脚注を読んでいくことによって、もっと知りたくなった時の参考文献が分かるのもそうなんですが、いろんな伏線が回収されていくようでもあって。それで、えっと、「野生のしっそう」の脚注では、「『異質なものとの出会いの場としての個体』のかけがえのなさを念頭においている」とあるんですよね。
猪瀬:それで言うと、その本でも書いたんですけど、コロナの脅威っていうものが叫ばれはじめた頃、「コロナウィルスを撒き散らすぞ」って、自分が暮らす街のスナックとかに行って騒いでいたという愛知県のおじさんのことがすごく気になっていて。
熊井:ああ。
猪瀬:テレビやSNSで、叩かれてて。それで、そのおじさんはもともと重い持病を患っていて、その数日後に亡くなられるんですよね。その飲食店は営業自粛をせざるを得なくなったし、その従業員のなかで感染者が出たわけですから、「コロナ陽性者がマスクもつけないで酷いじゃん」というのは非常に正しい主張ではあるんだけれども、一方で、家族もいない状態で一人で部屋で寝ていた時に、死を目前にして社会のことは考えられず、誰か顔の見える他者と出会いたいという衝動を抱えるのは、共感できるものがあるなと思ってしまうんですよね。自分自身という、この存在がなくなってしまうときに、一見社会的に見ると不合理なことをやってしまうっていうのは、あり得るよなって。だからといって、みんな好きに振る舞って良いよっていう話でもなく、一旦、善悪というものを宙吊りにして、なんというか有限の時間を生きている人間同士としたときに、共感できるところがやっぱりある。それはなぜかって言うと、死に直面する存在として、そして死を運命づけられた存在としての僕自身とそのおじさんというものが見えてくるからで。その意味において、やってることの行動は理解できないけど、そういう次元ではかなり共感できてしまう。だから、なんていうか、その人との接点が少なくともそこだけにはあるっていう。
熊井:ともに死にゆく存在であるという。
猪瀬:そう。それが、それぞれのかけがえのなさということで、そういうふうに捉えた上で、ボランティアっていうものが、やむにやまれず、誰から頼まれもせずにやった行為ではあるけれど、だからこそ、独りよがりとか、自己満足とか、おせっかいとも言われるけども、そう言われることも引き受けて、でも、ともにあろうとすることに、なんか、うん、それはもう、そこに賭けるとしか言えないわけですけど。
熊井:賭ける。
猪瀬:うん。やっぱり対価ってことになっちゃうと、報酬としてのお金が発生したことによって、そもそも自己満足とも、おせっかいともあまり言われない。ある意味でいうと、お金とともに関係性も精算される。関係性が精算されて閉じられるから、お互いのかけがえのなさのなかで何かを賭けるという意識にはならなくなるわけです。
熊井:ああ。より良い状況が生み出されることを願って、自分の存在をまるごと投じていくような賭け。
猪瀬:クリエイティブなことっていうのが、そもそもそういう「頼まれなくたってやっちゃうこと」であるというのは、そういう意味もありますよね。賭けだから、大失敗もある。だから、そういうときは、ちゃんと謝るとか、やり直すとか。
共犯関係
熊井:ああ。賭ける、賭けられる。謝る、やり直す。それを受け入れる。なんかそういう、共犯関係というか、相互作用ってあると思うんですね。そのあたりも、猪瀬さんの書籍を読んで気づかされたんですが、「頼まれなくたってやっちゃうこと」やボランティアのようなことを、個人の自発性や能動性というものだけに根拠に置いておくと、例えば大失敗したときに、その個人が個人のままに全ての責任を背負わされて、梯子が外される。社会のセーフティーネットが機能しない。そういうことになると、報われないし、誰もそういう賭けはしなくなりますよね。だから、 自発性とか能動性といったものを、個人で独り占めされるものではなく、他者と分け合うものとして考えていく必要があるんじゃないかなって思うんですよね。それを共犯関係と呼んでみたんですが。
猪瀬:そうですよね。チシマくんの話でいうと、チシマくんの声が聞こえたというか、聞こえる関係があったっていうのもあって。チシマくんのささやかな能動性があるとともに、それを受けて動いてしまっている人たちがいるっていう。とはいえ、聞こえるといっても、多くのことは無視されていると思うんですよね。僕も聞こえたことだけを言っているのであって、多分たくさん無視していると思うんです。でも、そういう声が聞こえてくる関係にあるという土壌のようなものっていうのは、やっぱりある。
熊井:土壌。ああ、そういう土壌のようなものを祝いたいという気持ちがあるのかもしれません。先程から度々出てくる民主主義といいうキーワードに引き付けていうならば、それこそ強いリーダーが強い言葉で語るというスタイルもある一方で、それがささやかだとしても、やっぱり耳を傾け合うという人間関係というか、民主主義のあり方ってあるよなとは思うんです。
「不揃いの調和」を祝う
猪瀬:祝うということでいうと、熊井さんとしては、祝いというものをどうイメージしてたんですか。
熊井:それこそ、猪瀬さんの書籍にあった、かけがえのなさを巡るフレーズにそれを感じていて、えっと、例えば「耐えきれない切なさに対峙しているもの同士として、孤独なわたしたちは初めて、それぞれの世界を重ねることができる」という、その重なりに祝福を想うんですよね。ちなみに今回のこの冊子は、渋谷キャストという複合施設の7周年を記念して制作するものですが、その渋谷キャストの建築デザインのコンセプトが「不揃いの調和」というものだったんです。玉井美由紀さんという方による言葉なんですが、すごく素直な気持ちで感じていたのが、それって平和ってことだよなっていうものだったんです。
猪瀬:なるほど。
熊井:だから、「不揃いの調和」って、建築様式として様々なマテリアルが複合的に用いられているという状態を指してはいますが、同時に、それを社会に対しての願いとしてしっかりと受け止めるべきだなと、ずっと思っていて、今回はそれをある程度明確に打ち出したいという気持ちがありました。なので、渋谷キャストの周年を祝うということは、つまり「不揃いの調和」を願って、それを祝うということでしょうって。というところもあるから、今回猪瀬さんのお話をお聞きしていて、その気持ちが裏打ちされていくようでもありました。
猪瀬:この前、とあるトークイベントでお話をしていた時に、一緒にお話をしていた方が「他者という存在への無条件の祝福」ということをおっしゃっていて、熊井さんとお話をしているとそういう感覚にもなります。なんというか、それこそ均一的な正しさが一つだけあって、それに同一化する形での祝いや祭があるというよりも、バラバラなんだけど、まさに他者同士なんだけど、でもなにかこう、ともにあって、それはあるレイヤーで見るとバラバラなんだけど、一番根底のレイヤーで見ると一致してるといったようなもので。
熊井:まさにそうで、そういう「不揃いの調和」を祝い続けていくために、毎年その言葉を言い換え続けて、解釈を豊かにしていきたいという気持ちになっているんですね。それこそ、毎年そうすることで見えてくるなにかがあるんじゃないかという賭けなんですけども。
猪瀬:雑多なものが集まることで、ともにある他者をまるごと祝福できる瞬間というものをこの社会につくれると、やっぱりいいですよねえ。
熊井:ホントにそうなんですよね。そこに尽きるみたいなところがあって。さらに欲張って考えるのは、その他者とともにあることの祝福というものを、祭という機会でしか焦点化しないというのもやっぱり話が違うような気もするというところなんですね。いろいろとお話をうかがって考察を深めていくなかで、日常の営みにおいてそれがいかに難しいのかというのが、逆に突き刺さってくるという感覚があるも正直なところなんです。
猪瀬:それはね、熊井さん。そういう問題意識をともにするという意味で紹介したい人がいて、僕はマシューくんって呼んでいるんですけど、今は、上野のアメ横で魚屋をやっているんですね。
熊井:マシューくん。お魚屋さん。
猪瀬:彼は、大学院のときの後輩なんですけど。
熊井:ほう。
猪瀬:それで民俗学をやっていて、秋田の西馬音内(にしもない)という盆踊りの研究をしていたんですね。それって日本の三大盆踊りの一つと言われていて、ものすごいたくさんの見物人を集めているわけなんですけど、普段はスイカとかをつくっているいわゆる普通の人がお祭りの瞬間に脚光をあびるということに感動しちゃったらしいんですよ。それで、アメ横でカニだかなんだかを売るバイトをしたら、それと同じ状況を感じちゃって、大学院を辞めて魚屋になったんですよ。
熊井:なんだか胸が熱くなります。
猪瀬:さらに。
熊井:さらに。
猪瀬:彼は、「じゃがたら」っていうバンドが好きで、それがきっかけで大学生の時に横浜の寿町のフリーコンサートに出入りするようになって、その運営もやっていたようなんですね。それで、日雇労働の人たちと、外から寿町に来た人たちがみんなで歌っているというそのフリーコンサートのDVDを、熱い涙を流す彼の横で僕も観させられるっていう。
熊井:なんだか胸にこみあげてくるものがたくさんあります。
猪瀬:それでまあ、多分アメ横で初めてだと思うんですけど、呑める魚屋という業態を彼は自分でやり始めて、今じゃテレビ番組にも良く出る人気店なんですけど、原点にはそういうことがある。熊井さんと話をしたら何かが生まれるかもしれないです。
熊井:え、もう、すぐ行きたいです。
<追記>
熊井:というわけで、すぐ行っちゃったわけですけど、マシューくんのお店である「魚草」に。ほんとありがとうございました。
猪瀬:チシマくんも楽しかったそうですよ。
熊井:話に登場していた方々に会えたことも、かなり嬉しかったですし、話も盛り上がりましたね。
猪瀬:どうでしたか。
熊井:舞踏家の大野一雄が、慶應大学の新入生歓迎会でパフォーマンスやレクチャーを毎年するという時代があったそうなんですけど、それがマシューくんにとってカミナリに打たれるような体験になって、芸能というものを考えていく。それが、今のアメ横での活動にも紐づいているという感じがかなりグッと来ました。都市というものが、人が生きるということの舞台にちゃんとなっているということはどういうことかと考えさせられます。それと、居心地の良さと居心地の悪さの、その両方をお店づくりでも大切にしているというお話をされていて、居心地の悪さを感じるくらいの「わからなさ」がないと、人が自分以外の他者への想像力を働かせなくなってしまうって。まさにいかに「不揃い」のままでいられるかという。
猪瀬:そうですよね。話が尽きないですよね。
熊井:きっと、その尽きなさも、わからなさも、それがあるからなんかこう、気持ちが動くというところがやっぱりあるなって。ああ、それと、猪瀬さんの本を読んだり、取材をしたり、「魚草」でお話をしていても感じたんですけど、具体的な描写が終わり知らずに連なるお話に、なんというかそういうことでしか描けないものがあるんだなという気持ちになってきました。
猪瀬:かけがえのなさというものを描くためには、やっぱりそうでもしないとで。
熊井:ああ。ほんと話が尽きないですね。
- 企画/聞き手/執筆/編集
熊井晃史
- 冊子デザイン/撮影
上妻森土
- 校正
日比楽那
- powered by
東急株式会社